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ハルヒとキョンがSOS団を設立した後、みなさんからひと言コメントをいただきました。 岡部 「騒動だけは起こしてほしくなかった!!」 山根 「What!?」 榊 「何だあの古泉というヤツは!!女をとっていくな!!」 柳本 「あたしには何も関わりあいませんように」 阪中 「涼宮さんから手作りのチラシをもらったのね。机に大事にしまっておくのね。あのバニーガールも素敵だったのね」 鈴木 「アチャー!なんか作っちゃったよー!」 荒川 「やっぱ、あいつはアホだな」 高遠 「また、一緒にソフトボールできたらいいんだけどな」 花瀬 「先輩に髪無理やり剃られました・・・にしても、千本ノックはきついいです」 日向 「ねぇねぇパパ、わたしのクラスの涼宮さんっていう人が新しい部活作ろうとしてるんだよ」 西嶋 「枕カバーにYesとNoってあれなんだったんだろう?剣持さんも瀬能さんもそれは嫌って言ってたけど」 垣ノ内「何か、涼宮さん明るくなってきたなー。うんうん、いいことだ」 大野木「なんか、阪中が涼宮さんのほうばっかり見てるような気がするんだけど・・・」 植松 「おいおい、涼宮ハルヒって頭いいのかよ!!」 中西 「うーん・・・なんか、イメージダウンなんだけど・・・」 吉崎 「このムンクの叫び、涼宮さんに渡したほうがいい・・・かな?美術室に保管しておきたいんだけど」 由良 「涼宮さんはだんだん喋るようになったけど、豊原君は相変わらず・・・」 松代 「豊原と後藤…やっぱりあいつら怪しいよな。ったく、何で俺とあいつらの席が離れた位置になるかなー?」 葉山 「やっぱり、後藤君に告白する勇気がでないよ」 長門 「また図書館に」
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「東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。 この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたらあたしのところに来なさい。以上」 宇宙人?長門のことか? 未来人?朝比奈さんか? 超能力者?これは古泉か? 異世界人?……それは見たことないぞ。 「あんた宇宙人なの?」 いや、違う。 「じゃあ話かけないで。時間の無駄だから」 ちょ、ちょっと待てよ。 「普通の人間の相手をしている暇はないの」 じゃあ俺はなんなんだ。お前にとって俺は、普通の人間は必要じゃないのか? でも、俺は……それでもお前が――。 『涼宮ハルヒの交流』 ―第一章― 放課後の誰もいない教室で目覚める。 あれ、授業は?もう終わってたのか。くそっ、ハルヒも起こしてくれればいいだろうに。 ……あぁ、そういえば昼間けんかしちまったもんな。 冷静になってみると確かに俺が悪かったと思う。が、そんなに激怒するようなことでもないと思うんだがな。 とりあえず謝るだけは謝らないと。すぐには機嫌は直らないんだろうけどな。 で、今何時だ?きっと今から部室行っても怒鳴られるだろう。まぁそれでも行くしかないか。 それにしてもどうやら不思議な夢を見ちまったようだ。はっきりとは覚えていないがどうやら一年前の夢か? 入学式、出会った日のハルヒの自己紹介。その部分を見ていたことはなんとなくだが頭に残っている。 ……懐かしいといえば懐かしいか。 俺達も2年生になり、新入生を迎える立場となったわけで、それなりに勧誘もやってはみたのだが、 SOS団に入るなんて物好きなぞ結局現れなかった。 まぁ普通の人にはわけのわからない団体だしな。 そのままずるずると入部者もないまま、もうG.Wが終わってしまった。 ということは、我らがSOS団もそろそろ一周年ということか。 これからも色々とめんどうなことになるんだろうか?いや、なるんだろうな。やれやれ。 ……さて、部室に向かうとするか。 ◇◇◇◇◇ そういえば日も長くなったな、なんて考えながらも部室への道を歩いて行くと後ろから、 「おや、今からですか?やけに遅いですね」 聞き覚えのある声に立ち止まって振り返る。 「古泉か。ちょっと教室で寝てたらこんな時間になっちまってた」 「それはそれは。となると涼宮さんもご立腹ですかね」 「だろうな。でもお前と一緒なら一人で行くより少しはましかもな」 「そうかもしれませんね。そのせいですか?先ほどから浮かない顔をしているようですが」 「まぁそれもないわけではないが。実は昼間ハルヒと少しばかり激しいケンカをしちまってな。 それも含めておそらくかなり怒られるだろうからな。そりゃあ足も進まなくなるさ。 閉鎖空間、大きめのやつができたんじゃないか?すまなかったな」 「おや、それは不思議ですね。今日は閉鎖空間はまだ発生していないはずですが……。 ということは実際にはそれほど怒ってらっしゃらないのではないですか?」 ……そうなのか? あれで閉鎖空間ができてない?どういう事だ? 「それならそれでいいが…。どっちにしろ後でちゃんと謝っておくよ」 「そうですね、それがよろしいかと。お願いしますね」 古泉はいつものように笑って言う。 「ああ、あとそれに加えてさっき寝てた時に一年前の入学式の日の夢を見てたんだ。 そのせいで、ああ、俺は一年間かなり無茶をやってきたな、そしてこれからも無茶をやるんだろうな。 と、さらに憂鬱な気分になってたってわけさ」 「ふふっ、まぁそういうことにしておきましょう」 何がだよ……。古泉と並び部室へ向かいながら、思いついたことを話してみる。 「ところでさっき見てた夢のせいで今ふと思ったんだが、宇宙人、未来人、超能力者は簡単に現れたくせに 結局のところ異世界人は現れなかったな」 「おや、あなたは現れて欲しいのですか?」 そんなばかな。これ以上の騒動はごめんだぜ。 「いや、そういうわけじゃないが。どうしてなのか少し気になってな」 「どうしてだと思いますか?」 予想外の返答に思わず足が止まる。 「わかるのか!?」 「わかる…、とは言えませんね。あくまで仮説です。それでもよろしければ」 古泉に促され、再び歩き出しながら話を続ける。 「とりあえず聞かせてもらおう」 古泉はどう話そうか少し考えているようだったが、すぐに話し始めた。 「涼宮さんはこの世界の神のようなものであると僕が言ったのは覚えていますか?」 「……そんなことも言っていた気はするな」 「僕達には認識しえませんが涼宮さんの神性はあくまでもこの世界でのものと考えられます。 その根拠、とまでは言えませんが、宇宙人、未来人、超能力のどれもがこの世界の中での者です。 もし、……そうですね。この場では異世界としておきましょうか。異世界にもその力が及ぶのであれば、 我々と同様に涼宮さんの側に呼び寄せられているでしょうからね。おそらくは、SOS団の6人目として。 あるいは、……あなたが異世界人なのでしょうか?」 ニヤリと笑い古泉は言う。 「っ!?おいおい、そんなはずはないだろ?」 たちの悪い冗談はやめろ。頼んでやるからやめてくれ。 思わず慌てふためいてしまった俺を横目に、あいもかわらず涼しい顔で続ける。 「ふふっ、冗談です。前にも言ったように、あなたはれっきとした普通の人間ですよ」 「やれやれ、勘弁してくれよ」 俺の少し大きめのリアクションも気にせず、古泉は続ける。 「異世界人というのは少し特殊でして、未来人や超能力者のように力を与えれば良いというものでも、 宇宙人のようにその存在を創造すれば良いというものでもありません。 異世界に存在している、という条件が不可欠になります。となると、まずは異世界から創らねばなりません。 その気になればできるかとも思えますが、そこから人を連れてくるとなると、それは誘拐に近い行為です。 さすがにそこまではできないのでしょう。涼宮さんの良心が咎めるのかもしれませんね」 「あいつにそんな常識が通じるとは思えないがね」 「いえいえ、そんなことはありませんよ。以前にも言ったように涼宮さんはちゃんと常識を持った方です」 ……ほんとかよ。 「あるいは、異世界というものがすでにあるとしても、そこにも涼宮さんのような力を持った者、 つまり『神』が存在して、涼宮さんからの干渉を防いでいたりするのかもしれませんね」 なるほど、それならありえるかもな。 「それだと向こうの神様も必死だろうな」 ハルヒから再三に渡って人員を要求されている異世界の神様には同情を禁じえない。 とりあえず面識もないが謝っておく。うちのハルヒが迷惑をかけてすいません。 「まぁ、全て僕の仮説ですけどね。もちろんそれなりに自信はありますが。 どちらにせよ、この説がある程度でも当たっているならば、異世界人が現れる可能性は低いと思われます」 確かに、話を聞いている限りにおいては、なるほど、と納得させられるような内容だ。 まぁ、別に俺にとっては現れて欲しいわけでもないしな。いや、むしろ現れないで欲しい。 「あなたに言うべきか、少し判断に迷いますが、あなたも興味があるようですので話しておきましょう」 古泉は少し考え込むような仕草を見せた後、立ち止まって話し始めた。 「実は過去に3回、涼宮さんは異世界人を呼ぼうと試みています」 な、なんだって。どういうことだ? 「それが元から存在した世界なのか、涼宮さんがわざわざ創り出した世界なのかはわかりません。 ですが実際にここではない世界に干渉した力の発現を感じました」 「それは、例の『なぜだかわかってしまうのです』ってやつか?」 「そうです。根拠はありませんがそう感じました」 なるほどな。 「でも、それじゃあ異世界人ってのはもうどこかにいるんじゃないのか?」 「いえ、それが成功したことはありませんので、異世界人はまだいません。それに……」 古泉は笑顔になり、再び手で促し歩き出す。 「一年前、あなたと出会ってからは一度もありませんのでご安心を」 ◇◇◇◇◇ 古泉の話について深く考える間もなく、すぐに部室に到着する。 少し考え込む俺を後ろに古泉がドアをノックすると、 「はあぁい、どうぞぉ」 と、いつものように朝比奈さんの可愛らしいボイスが出迎えてくれる。 古泉はいつものようにドアを開け、いつものように 「すいません、遅くなりました」 と挨拶を交わした後、いつものように入って……は行かずに、ドアを閉めてこちらに向き直る。 「ん?なんだ?」 古泉は珍しく真剣な面持ちで 「申し訳ありませんが、少しこのままここで待っていてもらえませんか?」 「あ、ああ、構わないが?」 「すぐに戻りますので」 そう言葉を残し、部室の中へと入って行く。 一体なんだってんだ。異世界人でもいたのかねぇ。けど俺が入れない理由にはならないか。 部室の中からは微妙に声が聞こえる。 「――いえ、たいしたことではありませんので」 「そう、まぁ別にいいわ。まぁ古泉君は優秀だし、色々あるんでしょ。誰かさんと違って」 どうやらハルヒと何かしらの会話をしているようだ。 っておい!誰かさんて誰だよ?俺か?……まぁ俺のことなんだろうが。 「それで申し訳ありませんが、まだ少しやることがありまして、今日はこれで失礼させて頂きたいのですが」 「そう?まぁ仕方ないわね。古泉君は優秀だし、色々あるんでしょ。誰かさんと違って」 くそっ、また言いやがった。そんなにダメか?ダメなのか俺は? 「すいません。それと、彼もお借りしたいのですが、宜しいでしょうか?」 「えっ、俺か?」 「んー、別にいいけどこいつ使えないわよ。古泉君と違って。」 「ったく……。そのことは悪かったって、謝ったろ?勘弁してくれよ。 あ、古泉、少し待ってててくれ。これ片付けるから」 って、また言った。普通3回も言うか!?さすがにそれは酷いだろ? ……じゃなくて、ちょっと待て。中で今俺が返事しなかったか?いや、間違いなく俺だよな。 落ち着け。そんなはずはない。俺はここにいる。……でも確かに今のは俺だ。 何が起こってるんだ?どうなってるんだ?と、考えていると古泉が顔を出し、 「すいませんが屋上で待っていてもらえますか?すぐに向かいますので」 と、小声で簡単に告げる。 色々と聞きたいことはあるが、ここは仕方ない。とりあえず屋上に向かうとするか。 ◇◇◇◇◇ 第二章へ
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プロローグ 天高く馬肥ゆる秋。俺はこれほど自分の無能さを嘆きたいと思ったことはないね。 なんせSOS団結成の一年生の五月より二年生も折り返しを過ぎた十月まで一年 五ヶ月もの間ハルヒに連れ回されているおかげで環境に対する適応力とかいうや つはそんじょそこらの人よりは身についているはずである。閉鎖空間、雪山、過去、 一種の電脳世界のようなところで巨大カマドウマとも戦った。そんな俺が自分はま だまだ世界を知らないとか言ったら谷口あたりは呆れ返るだろうね、うん。 そういうわけでちょっとやそっとの事態じゃ動揺しない精神を手に得れた俺である がまさかこんな欠点があったとはな。 今俺はハルヒとともに街をさまよっている。ハルヒは不機嫌モード全開で騒いでい る。 「ちょっと!キョン!ここどこなのよ!」 わかるならとっくにホテルに着いているんだがな。悪いが今の俺にはここがどこな のか聞くことも見ることもままならない。 なぜならここは日本じゃないからだ。―――― ―――― 一週間前 「キョン!遅い!こんな大事な会議に遅れるなんて。アンタ団員の自覚あるの?」 今日もわれらが団長涼宮ハルヒは絶好調のようだ。 「わりぃ、わりぃ。掃除当番だったんだよ。」 他の団員は全員そろっている。古泉はいつものニヤケ顔で俺のほうを眺めている し、長門はいつものように本を読む置き物と化している。朝比奈さんはもはや制服と なりつつあるメイド服を完璧にまといつつあっつあつの朝比奈印のお茶を淹れてくれ た。 「ふん。まぁいいわ。今日は一週間後に迫った修学旅行について話し合いましょう。 まず、目標。これはSOS団支部をつくることね。」 これを話し合いと言うのだろうか?一方的な演説みたいなもんじゃないか。これが 話し合いになるのは北の某国くらいじゃないのか?あいもかわらず反論する団員は いないので反論する役割は自動的に俺に回ってくる。 「待て。俺たちの修学旅行の行き先を知っていてそれを言っているのか?」 「当然よ。台湾でしょう?ついにSOS団も世界進出ね。」 「それはそれは。われらがSOS団がワールドワイドな組織になるのに微力でも貢献 できればいいのですが。」 古泉は部下の理想的な返事を返しているし長門はだんまりを続けている。 「えぇぇぇ~。今年の修学旅行は台湾なんですかぁ?去年は北海道だったのにぃ~。」 よく考えたら朝比奈さんは先輩だった。ということは朝比奈さんはこのSOS団台湾進 出計画に参加できないわけか。 「みくるちゃん、心配しなくてもいいわよ。お土産はちゃんと買ってきてあげるから。そう ね~。チャイナドレスなんていいかもしれないわね。」 おいおい。マジか。それには賛成せざるを得まい。メイド服の似合いっぷりも完璧なの だからチャイナドレスも似合うに決まっている。セクシーな朝比奈さんというのもいいか もしれない。新境地だな。 「キョン!何ニヤついてるのよ。どうせまたみくるちゃんで妄想してるんでしょ?このエロ キョン!」 う、図星だ。最近思うんだがハルヒには読心術があるんじゃないか?なぁ古泉。ってい っても古泉も古泉で俺の心を読んでいるような気がするんだがな。って古泉よ、こっちみ んな。ニヤつくな。 「自由行動はこの四人で行動しましょう。不思議探索IN台湾よ。世界は広いわよ。そこら じゅうに不思議が落ちてるかもしれないわね。」 ハルヒは輝くような笑顔で待ちどおしそうに話している。願わくばこのままなにごともなく すんでくれればいいんだがな。 ――――プロローグ Fin 一日目
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第 五 章 機関の運営は無事に軌道に乗り始めた。立ち上げは成功したと言える。 俺はハルヒが高校一年の時代に飛び、あらためて歴史を確認してみた。 当然ながら、相変わらずハルヒは進学校に通っていた。 ハルヒの情報爆発から三年が経過している。ハルヒの存在に気づいている連中は、ハルヒの観察役として進学校にエージェントを潜入させているはずだ。 ならばこの歴史での進学校の名簿を調べて、俺の記憶にある北高生と照合すれば、ハルヒの存在に気づいている連中をあぶり出せるかもしれない。 そして俺は機関が入手したそれを見て、ただ呆然としてした。 俺の知る北高の同級生の多くが、この歴史では進学校に通っているという事実を知ったわけだ。 中でも、俺の知る一年五組のクラスメイトたちは圧巻で、およそ三割がこの進学校に、しかもハルヒと同じクラスに入ってやがる。 ハルヒのクラスの名簿には、朝倉を筆頭に、朝倉の相棒だった委員長の榊など、そうそうたるメンバーが名を連ねていた。 やれやれ、こいつら全員どこかの怪しげな組織の構成員だったとはな…… 正直なところ、谷口や国木田、阪中の名前がその名簿になかったことに、俺は安堵した。 あいつらまでもが得体の知れない組織の構成員だったりしたら、俺の疑心暗鬼はトラウマ化して修復不可能となっていただろう。 こうした情報を得られたのは俺としても非常に有益だったが、そろそろ歴史のズレを確認する作業の効率化を図るために、いや手段と目的が入れ替わってるな、高校一年の俺とハルヒを出会わせるためにやらなくてはならないことがある。 ハルヒを北高に入学させなくてはならない。 俺はこの件について考えることをなるべく先送りにしていた。 それはなぜか? 考えれば考えるほど厄介な矛盾がこの命題に含まれているからだ。 ハルヒを北高に入学させるためには、高校一年の俺が当時から三年前の七夕に行き、北高生であるジョン・スミスの存在を中学一年のハルヒに覚えてもらわないといけない。そして、当時の俺はそれを朝比奈さんに依頼により実行した。 だが現在の歴史では未来人組織は発足していない。その証拠に進学校にも北高にも朝比奈さんの姿はないし、その他の未来人らしき人物が機関の報告書に記されることもなかった。 仮に先に未来人組織が発足し、朝比奈さんがこの時代に来たとしても、七夕の歴史がない限りハルヒは北高には行かず、ハルヒの監視員である朝比奈さんも北高に行くことはない。 であれば北高に通う俺が朝比奈さんに出会うこともなく、朝比奈さんに連れられて過去に行くという歴史が発生することはありえない。 つまりはこういうことだ。 ――ハルヒを北高に行かせるためには朝比奈さんが北高に行く必要があり、朝比奈さんを北高に行かせるためにはハルヒが北高に行く必要がある―― 卵が先か、鶏が先か。古泉が好みそうなテーマだったが、あいにく俺はそんなことをあれこれと考えあぐねた末に結局何もしない、というような性分は持ち合わせていない。 俺に与えられた特性は、とにかく行動することだ。俺は俺の信じる道を行く。それでいいんですよね、朝比奈さん。 そういうわけで、俺は朝比奈さんの登場を待たずして、高校生の俺の力も借りず、俺自身がハルヒに会いに行く決心をした。 さて、ここで問題がいくつかある。 ハルヒは俺を北高生だと信じてくれるだろうか。 当然ながらサングラスは外し、髭も剃らなければならない。また生やすのに苦労しそうだな。いっそのこと付け髭でも買っちまうか。 ハルヒに会ったのは午後九時過ぎで、かなり暗がりだった。少し身長は伸びているものの、制服さえ着ればおそらく何とかなるだろう。いや、何とかしないといけないのだが。 そしてもうひとつの問題。 俺は一人でハルヒに会いに行っていいものだろうか。 あのときハルヒは朝比奈さんを背負った俺を見て、怪しい奴だと思ったに違いなかった。だがその怪しさが逆にハルヒの興味を惹いたという可能性だってある。 俺一人だけではハルヒは相手にしてくれないかもしれない。単独の俺は実に平凡な風体だからな。実は俺は人類初のタイムトラベラーという地球の歴史の中でもオンリーワンの属性を有しているのだが。 ならば、俺は誰かを担いでハルヒに会う必要がある。では誰がいいか。 ジョン・スミスと同様、ハルヒはきっと朝比奈さんの人相を明確に覚えてはいまい。 だが、こういう仮説もありうる。ハルヒは、あのとき俺が背負っていた朝比奈さんの姿をおぼろげに覚えていて、それが高校一年の時にSOS団員として朝比奈さんを選ぶきっかけになったのかもしれないと。 ならば、なるべく朝比奈さんに似た人物を選ぶのが無難だろう。 そして俺にはその心当たりがあった。 それは、誰あろう俺の妹だ。妹は成長するに従い、どういうわけか朝比奈さんにとてもよく似た風貌になっていた。 我が家の家系と朝比奈さんに何らかの関係があるのではないかと疑うに充分なほど、妹は朝比奈さんの面影を確かに引き継いでいた。いや、朝比奈さんが妹の面影を引き継いでいると言うのが時系列的には正しいのだろうが。 ハルヒだって不思議がっていたからな。久しぶりに見た妹に思わず「みくるちゃん?」と声をかけるくらいだった。妹自身は失礼なことに朝比奈さんのことをすっかり忘れていたみたいだったが。 よし、シナリオは決まった。 俺は妹が高校生二年の頃に時間移動し、幸いにも北高に通っていた妹の下駄箱にラブレターチックな手紙を放り込み、人気のないところに誘い出した。朝比奈さん(大)が提唱する、タイムトラベラーのスタンダードなコミュニケーションのメソッドだ。 そして待ち合わせ時間丁度にやって来た妹の背後から気づかれないよう近づき、以前朝比奈さん(大)が朝比奈さん(小)にやったのと同じ方法で眠らせた。 その方法とは実に簡単なもので、TPDDの知覚システムを応用し相手の脳内の知覚分野にわずかに刺激を与えるだけだ。なぜそんなことを誰にも教わらずに出来たかって? 古泉ならきっとこう答えるだろう。解ってしまうんだから仕方がない、と。実に便利だな、この言葉。 それにしても、まさか実の妹に誘拐まがいのことをするハメになるとはな。全くやれやれだ。妹よ、悪く思わんでくれ。 妹を背負った俺はすぐさま時間移動をおこなった。俺やハルヒが中学一年のときの七夕。午後九時へ。 移動先は変わり者のメッカ、光陽園駅前公園。 ベンチには当然ながら、二人の朝比奈さんの姿も、高校生の俺の姿もなかった。 あのときと同様、周囲の目をはばかりようもなくはばかりながら、俺は東中に向かった。 到着した校門の前では、俺が知る中学生のハルヒが、俺が知る姿そのままで、今まさに校門を乗り越えようとしていた。 ハルヒに声をかけ、一言二言会話をし、体育用具倉庫の裏に行き、石灰と白線引きをリヤカーに積み、妹を倉庫の横に寝かせた。すまん妹よ、もうしばらく寝ていてくれ。 以前と同じくハルヒに命令されるまま、俺は汗だくになりながらハルヒ考案の宇宙人語を三十分ほどかけて描いた。 「それ北高の制服よね」 俺は高校一年のときより七つも歳を取っていたが、暗がりのせいかハルヒは北高生だと信じてくれたようだ。 そして俺はジョン・スミスと名乗り、ハルヒと別れた。 おっと、忘れていた。慌ててハルヒの後を追う。 「世界を大いに盛り上げるためのジョン・スミスをよろしく!」 これを言っておかないと、SOS団が別の名前になりそうだからな。 これで本当に大丈夫なのだろうか。もしハルヒが北高に行かなかったら、それは俺の魅力が高校生の頃と比べて衰えているということだろう。重ねて言うが、やれやれだ。 俺は元の時空間に戻り、妹を降ろして再び脳内操作をおこなった。あと一分もすれば目を覚ますはずだ。妹からすれば、一瞬気を失っただけと思うだろう。何しろ待ち合わせ時間から一分しか経ってないわけだからな。 機関の報告書に目を通し、俺はやっと一息つくことが出来た。 ついにハルヒは北高に入学した。そして、高校生の俺とハルヒは入学式の日に出会った。 報告書によれば、俺とハルヒは俺の知る歴史どおりに話し出すようにはなったらしいのだが、SOS団は結成されなかった。原因はわからない。 当然ながらハルヒと結婚する歴史にも至らなかった。 朝倉や喜緑さん、他の組織のエージェントたちも北高に現れたが、長門は未だ姿を見せない。 やはり元の歴史に戻すためには、まだまだ既定事項が足りないということだろう。 古泉を北高に送り込むのはいつでも出来るが、それでもおそらくSOS団は結成されないはずだ。古泉が転入する前にSOS団が作られたわけだからな。 ハルヒは、宇宙人、未来人、超能力者、異世界人の出現を待ち望んでいた。異世界人は結局俺も会ったことがないからこの際除外しよう。 つまり、長門、朝比奈さん、古泉が揃うことが、歴史を正しい流れに引き戻すための条件なのだろう。 いよいよ最大の難関である未来人組織発足のきっかけをつくる必要がある。 未来に関する既定事項は五つだ。朝比奈さん(大)はそれを未来への分岐点と呼んでいた。 少年が俺に助けられること。 少年が俺に亀を与えられること。 少年がハルヒの書いた論文を入手すること。 例の住所の住人が記憶媒体を入手し、少年がそれを譲り受けること。 ある未来人の先祖を病院送りにすること。 そしてここでも大きな矛盾が生じる。 高校生の俺が時間移動理論の研究者となる少年を助けたり、亀を与えたりしたのは、やはり朝比奈さんの指示によるものだ。朝比奈さん(小)に連れられて俺は少年を救い、朝比奈さん(大)の指令により俺は亀を川に投げ込んだ。 だが、現時点ではどちらの朝比奈さんもこの時代には現れない。少年が時間移動理論を研究しないと未来人組織が発足することもなく、未来人がこの時代に干渉することはないはずだ。 そして既定事項を順守するならば、少年が時間移動理論の研究に着手するためには高校生の俺が少年に干渉する必要があり、そのためには朝比奈さんが不可欠だ。 またしても堂々巡りである。なんだって朝比奈さんはこんなややこしいことをしてくれたんだ? それとは別の重大な矛盾もあった。 少年が時間移動理論を研究するためには、少年がハルヒの論文を入手し、記憶媒体を例の住所に送る必要がある。 だが、今の歴史上にハルヒの論文は存在しない。まだSOS団さえ結成されていないんだからな。 それにあの記憶媒体はパンジーの花壇に今も落ちているのか? おそらくそれはないだろう。あれは明らかにこの時代のものではなく、未来アイテムだ。 そしてあれが仮にあの敵対未来人組織の憎たらしい野郎がこの年代に持ってきた物だとしても、未来人組織が発足していないこの歴史の流れから考えれば奴がこの時代に現れることもありえない。 これはやはり、七夕の時と同じように俺が無理矢理に歴史の端緒を開かなければならないようだった。 俺はやれることから一つずつ始めることにした。そうさ。夏休みの宿題を最後の一週間になってようやく手をつける、それが俺のやり方なんだ。 ハルヒだったらどうするんだろうな、こういうときは。 そういうわけで、俺はまずは少年を助けることにした。 これはおそらく朝比奈さんがいなくても問題はなかろう。少年にとって朝比奈さんの存在がそれほど重要だとは思えなかったからな。 問題は少年を襲う未来人もいないということだが、それも誰でもいい。とにかく少年が襲われればいいと俺は考えた。 つまり、こういうシナリオだ。俺が機関を使って少年を襲わせ、俺が助ける。要は自作自演だ。 一旦未来人組織が発足する歴史さえ作れば、後は朝比奈さんと、朝比奈さんの敵対未来人が本来の歴史で上書きしてくれるに違いない。そしてその実行部隊として、高校生だった俺に白羽の矢が突き刺さるわけだ。 自業自得とか因果応報とか、そういう四字熟語が今の俺にはふさわしいね。 俺は、俺が高校一年だった頃の冬に飛び、機関本部の森さんのオフィスに足を運んだ。 「詳しい事情は説明出来ませんが、明日の○○時××分頃に、△△の踏み切り前を通りがかる少年を車ではねてもらえませんか」 それを聞いた森さんは、顔色ひとつ変えずに、 「殺しですね」 と即答する。目がマジだ。正直言って、体中の力が抜けそうなくらい怖い。 「いや、心配しなくていいです」 心配しているのは俺の方なんだが。 「結果的には俺が助けることになりますんで」 明らかに不可解そうな顔つきで俺を見た森さんだったが、 「なるほど、何か理由があってのことなのですね」 と、結局のところは納得してくれた。 そして、俺は例の時間の例の場所に行き、少年と車を待った。 たとえ二度目とはいえども、文字どおり一歩間違えれば俺の命だって危ない。 そして少年は現れ、俺は心拍数を五十くらい上げつつも、機関がおそらく臨時で雇ったであろうドライバーに轢かれそうになる少年をなんとか助け出すことが出来た。多少手心を加えるようにと言っておくべきだった。 俺は少年の名を訊ね、朝比奈さんの代わりに少年と約束をし、指きりをした。 やれやれだ。少年よ、すまん。危ない目に遭わせたのも実は俺なんだ。 いや、礼なんか言わなくていい。泣きたくなってくる。 少年が今日のことをハルヒに伝えたとして、誰ひとりとして被害が及ばないことだけが救いだった。 あのときの俺と朝比奈さんの受難は二度と思い出したくもない。 そして、あのときのハルヒの気持ちを考えれば、なおさらだ。 次に手軽に出来そうなのは、朝比奈さん言うところのある未来人の先祖を病院送りにすることだ。 これは一人でいいのか? あのときの朝比奈さん(大)からの指令書には『必ず、朝比奈みくるとともに』と書かれてあった。 あの場所に朝比奈さん(小)が一緒にいたことが、どういう理由で重要だったのだろうか。 俺は推測してみた。気の毒にイタズラにひっかかり病院送りとなった男性は、その後病院で知り合った女性と結婚することになる、と朝比奈さんは言っていた。 あの男性は、俺に向かって朝比奈さんのことを彼女かと尋ね、あのときの俺はそう言っておいた方がいいだろうと判断し、肯定した。 もしかしたら、あのときの俺と朝比奈さんの姿が、その後の男性に何らかの影響を及ぼしているのかもしれない。 こんな小僧にも彼女がいるのなら俺も頑張らないとな、みたいなことを考えたとしても不思議ではない。 では、誰を連れて行く? 七夕に引き続き、朝比奈さんによく似た俺の妹にご登場願うか? だが、妹を気絶させたまま男性に会わせるというのは明らかに問題だろう。むしろ逆効果としか思えない。 未来の妹に事情を全部話して協力させるというのも悪い手ではないかもしれない。どうせ未来が上書きされてしまえば、妹の記憶はすっかり塗り替えられるだろう。 だが、妹のあの水素原子並みに軽い口のことを考えると、俺とは別の未来の俺が困った状況に遭うのが容易に想像出来る。俺はそこまで自虐的な性格ではない。 事情を話さずに、喜んでつきあってくれそうな女性。鶴屋さんの顔が思い浮かんだ。 イタズラ好きの彼女のことだからきっと二つ返事で協力してくれるだろう。だが、そういうわけにもいかなそうだった。 俺は中学生の頃の鶴屋さんに素顔を見られているが、高校二年になった彼女にもう一度素顔を見られるのはさすがにまずかった。 既に鶴屋さんは北高に入学した俺に会っていて、今の俺とその俺の関係に勘付いているはずだ。 今俺が鶴屋さんに素顔を見せ、あまつさえ北高の制服など着れば、これはもう100%間違いなくジョン・スミス=高校生の俺という公式が成り立ってしまうだろう。 というわけで、俺はまたしても機関を頼り、パートタイマーの女子高生を調達することにした。 その女性とともに夕暮れの歩道に向かい、五寸釘で固定した空き缶を仕掛け、首尾よく男性はそれを蹴って負傷し、めでたく病院送りとなった。 あなたの子孫がどういう未来を作るのか俺にはよく解りませんが、とにかく頑張ってください。俺は病院に向かうタクシーに向けて心の中でエールを飛ばした。 次におこなったのは、亀を川に放り込み、少年に亀を渡すことである。 これも朝比奈さんはおそらく必要あるまい。 俺は鶴屋家の庭の池からなるべく長生きしそうな小亀を探して捕まえ、葉桜の並ぶ遊歩道に行き、少年の前で亀を川に投げ込み、亀を回収し、少年に手渡した。 そして、念のためにではあるが、今日のことは誰にも口外しないようにと言っておいた。 さて、いよいよ残こされた課題は記憶媒体とハルヒの論文だ。 だが、これらを後回しにしていたからといってその間に何かいいアイデアが浮かんだかというと、そういうことは全くなかった。 記憶媒体の入手方法に関しては、まるで見当がつかなかった。俺がこれから未来に飛び、いつどこに存在するかも解らないそれを探し回るというのはどう考えても非現実的だった。 ハルヒの論文にしてもそうだ。あれはそもそもSOS団を恒久的に存続させるためにと書かれたものだったはずで、SOS団なくしてあの論文が生み出されるとは考えられない。 果たして論文と記憶媒体なしで少年は時間移動理論の研究を進めることが出来るのだろうか? これは試す価値がある。ひとまず少年と知り合いになる事実は既に作ってある。 もし失敗したら、あらためて論文と記憶媒体の件を何とかしてからもう一度少年にSTC理論を付与する歴史に塗り替えればいい。 俺は、以前少年にSTC理論を付与した日に移動し、少年を訪ねた。 そして、すぐさまこれはダメだという結論に至った。 前回と同じく、タイムトラベルに関する助力が欲しいと言った俺に、少年はこう答えた。 「タイムトラベルですか? 確かに僕はサイエンスフィクションに興味はありますが。あなたは小説か何かをお書きになるんでしょうか?」 どうやら、俺が少年を助けたこと、亀を投げ込んだこと以上に、ハルヒの論文と記憶媒体は重要な意味を持っているようだった。 だが、いくら考えても結論など出るはずもなかった。こういうときは寝てしまうに限る。そうすれば明日いいアイデアが浮かぶかもしれない。 もしかしたら、また都合よく例の夢を見られるかもしれないしな。 薄暗い。寒気を感じる。 木枠に嵌った窓ガラスの方からぼんやりとした灯りが差す。 夜の学校。見覚えのある部屋。 老朽化した天井。ひび割れた壁。木製の扉。 少ない備品が手狭な部屋を広く感じさせる。 長テーブル。パイプ椅子。本棚。 本棚には、厚手のハードカバーから文庫本までがずらりと並んでいる。 窓の外に目を向ける。 グラウンドの方にわずかに光る何かが見える。 目覚めた俺は、あまりのご都合主義的な展開に苦笑する他なかった。 この夢を見せているのは、やはりハルヒ、お前なのか? 俺は、俺が見る夢を全面的に信じるようになっていた。既に俺は二度も夢に助けられている。 これがハルヒの見せている夢だとしたら、俺にはあの場所に心当たりがある。ならばそこに行くしかない。 時空間座標を真夜中の北高に設定し、移動する。 北高に足を踏み入れるのは五年ぶりくらいにはなる。この歳になっても、夜の学校を一人で歩くのは少々怖い。 俺はあのグラウンドに向かい、しばらく歩き回ってみた。たが期待に反して収穫は何もなかった。 あれはハルヒの見せたものではなくて、普通の夢だったのだろうか。 その日の夜、また同じ夢を見た。 文芸部部室から見える、グラウンド上のおぼろげな光。 やはりこれはただの夢ではない。ハルヒが俺を呼んでいるのか? もう一度夜の学校へと赴いた。だが昨日と同じく何も手がかりは得られない。 そうか。つまり場所だけではダメなんだ。「どこ」だけではなく「いつ」が必要なのだ。 俺は夢の内容をもう一度思い出してみた。 俺は夢の中で寒気を感じていた。ならば季節は冬か? 違う。それは季節を表すものではない。俺はその寒気を既に何度か経験していた。夢の中で、そして現実世界で。 つまりそれは閉鎖空間を暗示しているはずだ。 グラウンド。閉鎖空間。 俺とハルヒの二人だけのモノクロームの世界の中で、俺たちは始めてのキスをした。今でもあの時のことを鮮明に思い出せる。 そして同じくモノクロームの世界、様々な存在の様々な思惑が入り混じったあの空間で、俺たちは二度目のキスをした。 このどちらかの日に違いない。 時空間座標を設定し、俺はあの日、あの時間のあの場所へと飛んだ。 高校一年の五月下旬。ハルヒが最初に世界改変を試みたあの日。午前二時を少し過ぎた頃。 到着するなり、寒気が俺を襲った。間違いない。この歴史でも同じ時間、同じ場所に閉鎖空間が発生している。 グラウンドの中でも最も寒気が顕著な場所を探した。 どうやら古泉たち超能力者は、閉鎖空間の発生には気づいていないようだ。周囲に連絡用エージェントの姿が見えないのがその証拠だ。 つまり、これは俺のためだけに作られた閉鎖空間だということなのか。 しばらく後に、不意に寒気が消えた。 あたりを見回してみる。だが何も変化らしきものはない。 やれやれだ。ため息をついた俺は、ようやく足元にあるそれを発見した。今さっきまでは存在しなかった、薄茶色の封筒。 B4サイズのその封筒を開いた。 そこには、この歴史では決して存在するはずのない、あの日俺たちが作り上げた文芸部機関紙と、パンジーの花壇に落ちていた記憶媒体が入っていた。 ハルヒ、お前は別次元の世界から俺にこれを送ってくれたのか? 俺は文芸部機関紙の中から『世界を大いに盛り上げるためのその一・明日に向かう方程式覚え書き』と題されたハルヒの論文だけを抜粋し、匿名で少年に送った。同じく記憶媒体を手帳に書かれてあった住所に、やはり匿名で送った。 これで後は少年に再び会えば、前と同じシチュエーションで少年にSTC理論を付与出来るはずだ。 俺は少年にSTC理論を付与した日、時間に移動した。 体が揺れる感覚の後、その時代に到着した俺は、眼前に立っている人物を見て唖然とした。 目の前にいたのは、もう一人の俺だった。 なるほど、そうか。こいつは数日前に少年にSTC理論を付与しようとして失敗した俺だ。 つまり、今の俺がわざわざもう一度ここに赴かなくても、目の前の俺が少年に会ってSTC理論を付与してくれるわけだ。 だったら、もしこいつが今これから少年へのSTC理論の付与に成功した場合、こいつはハルヒの夢を見るのだろうか? 文芸部機関紙と記憶媒体を得る未来は生まれるのだろうか? 嫌な予感が頭をよぎった俺は、慌てて目の前の俺に声をかけ制止した。 振り返ったそいつは、当然のように唖然としている。当たり前だ。俺だってさっき同じように驚いたんだからな。 俺は初めて時間移動をおこなったときに、一分後の俺、一分前の俺と会ったことがある。その時は何が起こっているのかをすぐに理解出来た。 だが今回は違う。お互い、まさか自分が現れるなんて夢にも思っていなかった。目の前の俺もこの俺も。 俺は数日前の俺の迂闊な行動を後悔した。 「お前は誰だ」 「見てのとおり、俺はお前だ。未来の俺だ。ここはまずい。場所を変えよう」 「先にわけを話してもらおうか」 我ながら面倒な性格の奴だ。 「こんなところを人に見られたらまずい。とにかく移動が先だ」 過去の俺は渋々ながら承諾し、俺たちは人気のない場所を探して、近くの路地に移動した。 「俺はお前がいた時間より少し未来から来た。確か三日後だ」 時間移動を頻繁に繰り返すと、日時の感覚が著しく麻痺する。三日後で合ってるよな? 「何のために来たんだ?」 「三日前の俺は、彼にSTC理論を与えるためにここにやってきた。それが今のお前だ。これは解るか?」 「ああ」 「そしてその試みは失敗に終わる。少年に『SF小説でも書くんですか?』とか言われてな」 「散々な結果だな」 「全くだ。それで俺はその後ある方法でハルヒの論文と記憶媒体を手に入れた」 「何だと? お前、一体どうやってそれを手に入れたんだ」 「教えてやりたいが、それを言うと俺の歴史とお前の歴史に食い違いが起こるかもしれん。だから言えん。今こうして俺とお前が話しているだけでも既に食い違いは起こっているんだからな」 「やれやれ、全く面倒くさい話だな」 「全くだ」 二人の俺は同時に肩を竦めた。息もぴったりだ。当たり前だがな。 「それで、俺はこれから彼に再度STC理論を与えに行くところだったんだ。だが俺は過去の俺、つまりお前の存在をすっかり忘れていたというわけだ」 「なるほど話は解った。ならば俺はこのまま元の時間に戻り、ハルヒの論文と記憶媒体を探せばいいということだな」 「そう言うことだ。あまり考えすぎなくていい。果報は寝て待てだ。これ以上詳しいことは言えん」 「未来の俺がそう言うんなら、そうなんだろうな。覚えておくよ。じゃあな」 過去の俺は立ち去ろうとして、しばらくして立ち止まり、少し考えた様子を見せて振り返り、そしてこう言った。 「ということはだな。俺たちは前に七夕に行ってハルヒに会ったり、少年を助けたり亀を与えたり、色々したよな」 「ああ」 そこまで聞いて、俺はこいつの言いたいことが解った気がした。 「つまりは俺たちが元の既定事項と違う行動を取っている、例えば高校生の頃の俺たちの行動を肩代わりしているようなケースは、全て今回と似たようなことが起こるということか」 予想は当たっていた。確かにそのとおりだ。 「やれやれだな」 「やれやれだ」 二人の俺は同時に首を振った。息もぴったりだ。当たり前だ。そんなことはどうでもいい。 これから先のことを考えると正直なところ頭が痛かった。 こうして俺は、過去の俺にご退場願い、少年の元に向い、無事に少年にSTC理論を付与することが出来た。 ハルヒと結婚する事実のないこの歴史では、以前のシナリオとは多少異なる点はあったものの、幸いなことにハルヒが死ぬことを防ぐという俺の意向に少年は全面的に賛同してくれた。 おそらくこれで未来人組織発足のきっかけは生まれたはずだ。 俺は高校一年の頃の時代に飛び、機関作成の名簿を調べてみた。 二年の朝比奈さんがいたクラス。 だが、予想に反して朝比奈みくるの名は見当たらなかった。 おかしい、まだ未来人組織は発足していないのか? 他のクラスも調べてみた。それは一瞬で完了する。名簿の先頭の方だけ見ればいいわけだからな。 やはり朝比奈みくるの名はどこにも記されていなかった。 それからしばらく後の機関の報告書に、未来人という単語が載るようになった。 それには「二年×組の生徒で、言動に不審のある生徒を確認。その内容から未来人の可能性あり。現時点では確証なし。詳細要調査」と書かれてあった。 名前は書かれていない。 俺は森さんに問い合わせ、内容を確認した。 「彼女は一年の時から既に北高に入学していたらしく、時おり言動がおかしい、現代人なら誰もが常識として知っているはずのことを知らない、などの特徴が見られるとのことです」 俺は朝比奈さんを思い出していた。そうだよな、あの人はそういうそそっかしいところがあったよな。 「そいつの名前を教えてもらっていいですか」 「本来はまだ名前をお伝えすることは出来ないんです。敵対組織のダミー工作員の可能性がありまして。つまりいかにも未来人のような言動をとることで我々の反応を見るために送られた他組織のエージェントかもしれないということです」 全く森さんも色々と考えているもんだ。いや、実際に北高ではそのような謀略戦が繰り広げられているのかもしれない。 「ですので、これは他言無用ということでお願いします」 そして、俺はその名を聞いた。やはりそれは全く別人の名前であった。 「写真を入手出来ますか。確認しておきたいのですが」 もしかしたら、名前だけ以前と異なってはいるが、実は俺の知る朝比奈さんが来ているのかもしれない、と思ったからだ。 「私の手元には既に送られています。これも機密扱いでお願いします。確認後速やかに消去してください」 「もちろんです」 電子メールですぐさまそれは送られてきた。 添付ファイルを開いてみる。 パソコンのディスプレイには、まさに朝比奈さんとは全く似ても似つかない女性が映し出されていた。 その後の機関の調査で、その女性は間違いなく未来人だという結論に達した。 つまり未来人組織は確かに発足したのだ。そして朝比奈さんがいないこの歴史では未だにSOS団は結成されない。 なぜ朝比奈さんは来てくれないんだ? 俺は未来人に関係する既定事項を洗いなおしてみた。 少年に関係することはおそらく問題ないはずだ。実際に未来人組織は立ち上がっている。 記憶媒体に関しても正しい住所に送り、めぐり巡って少年に届いていた。あの媒体と朝比奈さんに関連性があるようには思えない。 その二つは俺の取った行動とその結果の因果関係が明らかだった。 だとすれば、残っているのはあのイタズラで怪我をした男性だ。 彼を病院送りにしたことがどう未来に影響しているのかを見極める必要がある。朝比奈さんは言っていた。彼は病院で女性と出会い、子供をもうけ、その子供はさらに子孫を残すと。 男性の子孫と朝比奈さんに何か関係があるのかもしれない。もしかしたら朝比奈さんが彼の子孫そのものなのだろうか。 俺は男性の系譜を追い始めた。 まず俺は怪我をさせた男性の病院に飛んだ。男性は朝比奈さんが言ったとおり、病院で女性と知り合った。 男性が退院するタイミングを見計らい、俺は空間移動を使いながら男性を尾行し、住所をつきとめた。 男性はその二年後、知り合った女性と結婚した。予定どおりだ。 ここで少し油断した。結婚後しばらくして二人は別の場所に住居を構えた。慌てて転居先を探す。頼むからあまり引越しはしないでくれよ。 その住所を元に、数年おきに住民票を入手する。それで家族構成はほぼ解った。 男性は結婚後一年で女の子を、五年後に男の子をもうけた。それ以降はどうやら子供は生まれていないようだった。 俺は今後の調査方法を考えた。 結局男性の家族構成を調べるのにほぼ一日かかった。彼の子供は二人だ。その二人はおそらくやがて結婚し子供をもうける。その子供が二人ずつだとすると、三代目の調査対象は四人になる。仮に子孫が二倍ずつ増えていくとしよう。この法則でいけば、五代目では十六人、十代目では五百十二人になる。二十代先まで追えば、実に524288人となる。系譜を追うに従い調査対象は等比数列的に増え続ける。 524288人を調べるとなると、一人を調べるのに一日かけたとしても1436年かかる計算になる。明らかに俺一人では不可能だ。 文字通りネズミ講だな。いやそれは失礼な例えだった。人間はそれほど多産ではない。これがひと昔前であれば、子供を五人くらい産むのも当たり前のことだろう。俺は少子化をこれほどありがたいと思ったことはなかった。本来ならありがたがる話ではないし、未来でも少子化傾向が続いているという確約もないが。 だが俺はおそらくそれほど先の代まで調べる必要はないだろうと踏んでいた。 なぜなら朝比奈さんたち未来人は、彼女たちの時代に生きるある人物の先祖があの怪我をさせた男性だということに行き着いたからだ。 その人物の親というのは必ず二人、その親二人の親も間違いなく二人ずつだ。一切の例外はない。ならば未来から過去の系譜を追うのも、過去から未来の系譜を追うのも共に等比数列に違いなく、同じだけの労力がかかるはずだ。 未来人組織がのべ1436年もかかる調査をするとは思えなかった。朝比奈さんは俺の生涯を調べることですら大変な作業だったと述懐していたからな。 考えていても仕方がない。俺は俺の直感に従いただ行動するのみだ。 十代目まで系譜を追ったとしても一年半はかかる計算になる。だが俺にはこれ以外に、朝比奈さんが俺たちの時代に来るための手がかりを得る方法は思いつかなかった。 俺は機関の運営に関する仕事の合間を使って調査を続けた。 住民票を調べる手は二代先あたりで使えなくなった。役所での個人情報保護が厳密になり、第三者がそれを閲覧することが極めて困難になっていたのだ。 調査の効率化のために郵便物の盗み見もしたが、この手もやはりしばらくすると使えなくなった。ほとんどの郵便物が電子メールに置き換わったらしかった。 そういうわけで調査の手段は住居の張り込みのみとなった。 ここで具体的な張り込みの方法を紹介しよう。 人は子供を作る場合もあれば作らない場合もある。結婚していようがしていまいが。 大体の場合、女性は二十歳から四十歳の間に出産するが、念のため十六歳から五十歳までを調査範囲とする。 その三十五年間をだいたい四ヶ月置きくらいに飛んで子供の有無を調べるわけだ。つまり一人あたりおよそ百回だ。 住居をしばらく張っていれば、母親の出かける時間が解るようになる。主にその時間を中心に張り込みをおこなう。 規則正しい生活を送っている人とそうでない人で多少ブレが生じるが、だいたい一回の張り込みに平均十分かかると思ってもらいたい。 つまり、一世帯の家系を調べるのに千分。およそ十七時間かかるということだ。 母親が妊娠したかどうかはお腹を見れば解る。お腹の状態で出産の予定日の予想を立てる。そんなに厳密に調査しなくても、二年置きくらいで大丈夫だろうって? だが、生まれてまもなく養子に出されるケースだってあるかもしれない。だから俺は正確に出産日を見定めることにした。 出産の際には病院に行くことも欠かさない。万一双子が生まれて片方が出産後すぐに養子に出されでもすれば、四ヶ月置きの張り込みだけではまずそれを知ることは出来ない。 俺はお腹の状態から出産予定日を判断するという、おそらく産婦人科医並の技能を身につけ、他の誰よりもこの男性の系譜について詳しくなった。 この調査方法はあくまでも女性の場合であり、男性の場合は生殖機能が衰えない限り調査範囲は女性に比べて飛躍的に増大する。 その気になれば六十、七十歳くらいでも充分子供を作ることが出来そうだからな。 これは大変な作業だった。ある者は離婚して別の家庭をつくり、ある者は妻以外の女性に子供を産ませた。 その度に増え続ける調査対象に俺は頭を抱え、自らの運命を呪いながらひたすら張り込みを続けた。 調査日数がのべ九ヶ月間に差し掛かり、調査結果の書き込まれた家系図が畳一枚分ほどの大きさになった頃にそれは起こった。 いつものように張り込みをしていた俺は、ある日異変に気づいた。 それは彼の八代先の子孫のひとりで男性だった。その男性が二十台後半の頃のことで、彼には妻も子もいなかった。 そいつが住居に戻らなくなった。やがてそこには別の人物が住み着くようになった。 引越しでもしやがったか? くそっ、どこに行きやがった。 俺は時間を絞り込み、引越しの瞬間を探した。 だが彼がいなくなってからしばらく張り込みをしたが荷物が運び出された形跡はなかった。 これはひょっとして失踪ってやつか? 俺は彼を最後に見かけた時間に戻った。彼を張り込んでいる少し過去の俺には見つからないように離れた場所へ。また面倒な説明をする気にはなれなかったからな。 首尾よく彼の姿を見つけた俺は尾行を開始した。 しばらく尾行を続けた俺は、まずいことになったな、ということに気づいた。 どうやら尾行がバレているらしい。 彼は周囲を見渡しながら何かを探すような歩き方を装い、同じ道を別の方向から二度通った。 俺がそれに気づいたのは、二度目にその道から大通りに出た時だった。 俺は直ちに尾行を中止した。 俺の張り込みは四ヶ月に一度だ。ならば、張り込みの事実まではおそらく気づかれてはいまい。 俺はおよそ一年前に戻り、再び彼を尾行した。 だが驚くべきことに、彼は前回と同じ歩き方で、別のルートではあったが二度同じ道を通ったのだった。 これは気づかれているのではないかもしれない。つまり彼には常に尾行を意識して生活をしなくてはならない理由があるということだ。 俺は手ごろな建物の屋上を探し、しばらくの間遠くから彼を観察することにした。 彼は毎日決まった時間に住居を出て、毎日異なる何パターンかのルートを通ったあとオフィスビルに入り、夕刻頃そのビルから朝のルートを逆行し、どこにも寄り道することなく住居に戻っていった。 このままでは進展はない。俺は四ヶ月先の彼を最後に見た日、つまり俺が途中で尾行を断念した日に戻り、意を決してビルに入ることにした。ここで調査を諦めるわけにはいかなかった。 何か危険な状況に立たされたとしても、俺には時間移動という武器がある。 あらかじめビルに入り待機する。彼がやってきた。一人でエレベータに乗る。同乗するわけにはいかない。エレベータの行き先表示を確認する。エレベータは四階で止まり、そして一階まで戻ってきて一人が降りた。四階には三つの会社がオフィスを構えていた。ならば彼はこのうちのどれかに勤めているのだろう。 俺は彼がエレベータから降りる少し前の四階に時間移動し、非常階段の踊り場に隠れ、彼を待ち伏せることにした。 エレベータが開いた。 おかしい。誰も降りてこない。 なぜだ? 後ろから肩を叩かれた。 そこには俺がさっきまで追っていた、エレベータに乗っているはずの男性が立っていた。 「なぜ俺を追っている」 やっと理解した。こいつはTPDDを持っている。俺は待ち伏せするつもりでこいつに待ち伏せされたんだ。 男性は微妙に口の端を歪めた。笑みとも不満とも取れる。 「お前、まさか能力者か? だがそれならなぜこんな尾行の仕方をする。まるで素人だ」 確かに尾行に関して俺は全くの素人だった。 「お前は何者だ。俺が知らない以上、少なくとも仲間ではないようだが」 「俺はあなたの敵ではありません。TPDDを持っているのは確かですが」 「待て」 男性の顔に明らかな困惑の色が滲み出ていた。 「お前、なぜ禁則がかかっていない? たとえ奴らの組織であろうとTPDDという単語を発せられる能力者はほとんどいないはずだ」 「なぜと言われても説明出来ません。俺にはもともと禁則事項が具体的にどういうものかもよく知りませんし」 「詳しい話を聞かせてもらおうか」 ここで俺は時間移動で逃亡することも出来たが、それでは調査は進展しない。それにこの男性が何らかの鍵になっているのはおそらく間違いないだろうと思えた。ここは素直に従ったほうがいい。 俺と男性はビルを出て近くの公園に行った。 男性は周囲に人の気配がないことを確認し、さらに手を耳に押し当て何かを確認するかのような仕草をした後、ようやく話し始めた。 「君は一体何者だ」 「詳しくは話せませんが、俺は過去から来ました」 「過去?」 「ええ。ここよりおよそ二百年前です」 「二百年前だと!?」 男性の困惑がさらに色濃くなった。 「俺の知る限りTPDDを最初に得ることの出来た人物が現れたのはおよそ六十年前だ。今までにTPDDを得た人間というのはほぼ例外なく俺たちの組織にプロフィールが残っている。 今のところ、それが敵対組織の人間であってもだ。そのリストに間違いがなければ、今までにTPDDを得られた人物はわずか三十七人。そして俺たちのような能力者はそれらの人物を全て記憶している。その人物の幼少期から老年期の姿まで全てだ。だがそのリストには君は含まれていない。これはどういうことだ?」 どうやら、STC理論を与えたときに少年が危惧していたような、誰もが時間移動の存在を知るような危なっかしい未来にはなっていないようだった。 俺はなるべく正直に話すことにした。 突発的にTPDDを得たこと、少年にSTC理論を付与したこと、おそらくそれが源流となって今この時代にTPDDが伝わっているであろうこと。 少年の名前を聞き男性は頷いてみせた。俺への猜疑心が少しは薄らいだのだろうか。 「仮に君が二百年前の人間だとして、何のためにこの時代にやってきた」 「ある女性を探しています」 「女性? それは君とどういう関係があるんだ?」 「名前は朝比奈みくると言います。ご存知ないですか? その女性もあなたの言う能力者ということになります。彼女はあなたの組織に所属していて、俺たちの時代に来るはずです」 朝比奈さんがこの男性の先祖を知っているということは、おそらく同じ組織の人間のはずだ。 「なるほど。その名に覚えはないが、つまりあの計画と関係があるということか。辻褄は合う」 「計画……ですか?」 「俺たちの組織は今から二年前に過去の事象を観測するシステムを作り上げた。それまでは過去を知るためにはTPDDを持つものが過去に赴き、駐在して調査する必要があった。まあ今でも詳細の史実を調べるには駐在員を送る必要があるんだがな。俺たちはそのシステムにより、今からおよそ二百年前に起こった大規模な時空振動を検出した。それの調査のために俺たちは新たに能力者を開拓し、過去に送り込むことが必要になったんだ」 なるほど、この時代でようやくハルヒの時空振動を発見したらしい。そしてその調査要員に朝比奈さんが含まれていたということなのだろう。 「それを実現するためには、俺たちには新たなスポンサーが必要だった。そしてそれは実に厳正に選ばれた。何しろ俺たちの組織の存在と活動内容は機密中の機密で、それはいかなる権力にも知られてはいけないことだった。だが、結局のところそのスポンサー筋から極一部の人間に情報が漏れ、俺たちとは違う別の能力者組織が生み出された」 それがあの朝比奈さんを誘拐した野郎や、閉鎖空間に現れた敵対未来人の連中なんだろうな。 「俺たちの組織は原則として歴史、これは我々の用語で既定事項と言うのだが、それを遵守したうえで過去の歴史を調査しそれに学ぶことに重きをおいている。だが敵対組織はこの時代の人類に都合のよい歴史を作るために能力を活用しようとしている。言い換えれば、俺たちは歴史の歪みを生み出さずにより良い未来を作ることを目標にし、奴らは歴史の歪みを大きくすることでそれを実現しようとしている。どちらが人類にとって正しい選択なのかは正直なところ俺にも解らない。解っているのは俺たちと奴らの、既定事項に関する考え方が明確に異なっていることだけだ。とは言え、我々と彼らには共通して守らなければならないことがある。それが禁則だ」 「禁則とは結局どういうものなんですか」 俺は今まで漠然と抱いていた疑問を正直に訊ねた。 「突き詰めて言えば、あらゆる人間に対して未来に至る既定事項の秘密を守る、ということに尽きる。過去から未来を守るために重要なことだ。つまり俺たちと奴らの組織は、同じ未来人という点で、禁則に関しては共通認識が出来上がっている。禁則を破るということは、お互いの組織の目的とは別の次元で絶対にあってはならないことだ。禁則を破ることで未来に生じる影響は誰にも正確な予想は出来ない。だから時間平面移動の研究は能力者のコントロール方法と一体で進められてきた。言わば核兵器以上に慎重な扱いをしなければならないものだ」 随分と物騒な話になってきた。 「禁則は我々のような能力者にとっては絶対に破ってはならない不可侵な領域なんだ。そういう理由で、禁則が適用されない能力者は一人の例外もなく存在しない。あらためて問う。君は一体何者なんだ?」 「それは申し訳ないですが言えません。何となく言わない方が良いような気がしますので」 「なるほど。未来人であれ過去人であれ、必要以上の情報を得ることが必ずしも正しいこととは言えないからな。それに君が言いたくないのならば俺たちにそれを強要する術はない。仮に俺たちが君を拘束したとしても、君は時間移動によりいつでもその状況から抜け出せるわけだからな。俺がそうであるように」 男性は心なしか楽しげな表情を見せた。 「だが、あといくつか質問させてくれ。答えてくれなくても構わない」 「解りました」 「君はどうやって俺に辿り着いた? この時代でも俺が能力者だということを知るものは数える程しかいない」 「あなたの先祖からの系譜を追ってここまで来ました」 「なるほど。つまり君が過去で出会った未来人が俺の先祖に関して何らかの情報を残したということだな。それは解った。もうひとつの質問だがいいか?」 「ええ」 「大体でいい。君の出身地はどこだ?」 俺はその問いに正確に答えた。一体何の意味があるのだろう。 だが、俺の答えに男性は深く頷いた。 「TPDDは限られた人間にのみそれを得る素養がある。そしてそれはある地域にルーツを持つ人間に限られるんだ。そう、君が生まれた地域だ。時間平面理論の研究もその場所から始まった。現段階ではその理由は我々には一切解らないがな。そして今回発見した時空振動もどうやらその周辺で発生したものらしい」 ハルヒは機関に所属する超能力者だけでなく、TPDDを得る能力者も地域限定で生み出していたということか。まあ世界中にそういう連中が拡散しているよりはよほどマシとは言えるが。 「今日君に会ったことは俺の胸の内にしまっておくことにする。いつかの時代の誰かが、禁則を破ってまで君に俺の先祖を教えたことにはきっと何か理由があるんだろう。俺にだって未知の未来を信じてみたいという気持ちはまだ残っているからな。もし俺に連絡を取りたい時はこの時空間座標に来てくれ。二度目以降に来る場合は同じ時間に日を変えて」 そう言って彼は人差し指を俺に向けた。俺はなんとなくそうするのがいいように思い、以前、朝比奈さんがしたように自分の手を差し出した。彼が俺の手の甲を人差し指で触れた瞬間に俺の頭の中に時空間座標が飛び込んできた。 彼は笑みを浮かべながら言った。 「やはりダメか」 何のことだ? 「君はやはり何も知らないんだな。そして君が言っていたことがおそらく全て真実だということをこれで確信した」 「どういうことです?」 「俺は敵対組織も含めた全能力者の中でも最高位のコードを持っている。禁則の制限というのは実に簡単に設定出来るものでね。今のやりとりの中で俺は禁則制限を設定する命令コードを君の脳内に送ったんだ。そしてそれは何の効力も発揮しなかった。君は本当に我々とは全く別の方法でTPDDを手に入れた存在だということが解ったよ」 油断も隙もないな、全く。だが俺はさっきの彼の話を聞いて、少しくらいは禁則に縛られていた方が良いような気にもなっていた。自分が歩く人間核兵器以上の存在なんていうのは、それはそれで困るからな。 「ははっ。だまし討ちのようなことをして済まなかった。だがこれはどうしても確かめておく必要があったことでね。では俺はここで失礼するよ。また会える日を楽しみにしている」 そう言って彼は元いたビルの方に去っていった。 その後も引き続き、怪我をさせた男性の系譜を引き続き調べたが、朝比奈さんに関係する人物は現れなかった。 ひとつ手がかりを得てひとつ手がかりを失った。 あの未来人組織の男性の口ぶりでは、ハルヒによる時空振動の調査が近く開始されることになるようだ。 ならば朝比奈さんもおそらく彼と同じ年代にいるはずだった。 俺は賭けに出ることにした。失敗すれば俺は数ヶ月間を無駄にすることになる。だが他に手がかりになりそうなことはなかった。 あの未来人の男性は言った。能力者のルーツは俺の住む地域にあると。 そして、朝比奈さんと俺の妹の間には何らかの関係があるはずだ。 俺は、妹の系譜が鍵を握っているかもしれないと考え、再び調査を開始した。 まさか自分の実家を張り込みすることになるとは夢にも思わなかった。実に不思議な気分だ。 そこには、以前見たのと同じように、ハルヒと結婚する歴史には至らず、ようやく就職先が決まったのか毎日不満げな表情で家を出る俺の姿があった。繰り返して言うが、俺はこんな未来には全く興味はない。 そして妹は朝比奈さんチックな雰囲気をそのまま残して成長していった。 妹は二十四歳のとき、柔和で見るからに面倒見のよさそうな男性と結婚した。兄の俺から見てもベストマッチングだと思える。 そしてその二年後、妹は俺の姪となる女の子を産んだ。 そこから男性の時と同じ方法で系譜を追っていった。 おそらく朝比奈さんが現れるとしたら、それは七代目から九代目あたりになるだろう。だがそこに辿り着くためにはやはり丹念に二代目からひとつずつ代を追っていくしかない。 機関の運営の方は既に俺がいなくてもほぼ問題ない状態になっており、俺はこちらの調査に没頭した。 そして、やはり数ヶ月の歳月を費やし、二枚目の家系図が畳一枚分になろうかという頃、俺はようやく朝比奈さんらしき人物を発見したのだった。 妹の九代目の子孫にあたるその少女が朝比奈さんではないかと気づいたのは、彼女が五歳になる頃だった。名前も朝比奈みくるではなかった。そもそもそれが本名だとは思っちゃいなかったが。 その彼女は、幼かった頃の俺の妹にとてもよく似ていたのだ。 俺は彼女を重点的に張り込むことにした。彼女が朝比奈さんだという確証が欲しい。 家の外からでしかうかがい知ることは出来なかったが、とても幸福そうな家庭だった。生活は決して裕福とは言えなかったが、両親も彼女も笑顔が絶えなかった。 だが、しばらく張り込みを続けた俺は、彼女の過酷な運命を知ることとなった。突然の不幸が彼女の家庭を襲った。 彼女が六歳のとき父親が事故で他界し、後を追うようにしてその数ヵ月後に母親が病死したのだ。 身寄りがなかった彼女は――彼女の両親は駆け落ち同様の状態で結婚し彼女を生んでいた。 身寄りがないのは系譜を調査していた俺が一番よく知っている――孤児院に入った。 彼女にとって孤児院での生活は辛いものだった。気の弱い彼女は新しい生活にあまりなじめなかった。 何よりも両親の死のショックがずっと残っていた。塞ぎがちで、独り隠れて泣いている姿をよく見かけた。 俺は孤児院を十日おきに三ヶ月ほど張っていた。突然彼女の姿が見えなくなった。どこかに引き取られたのだろうか。だがそう簡単に引き取り手が見つかるようには思えなかった。 張り込む日と時間を変え、彼女がいなくなった日を探し続ける。 放射冷却のために大気が冷え込んでいた冬のある日。見つけた。真夜中に一人孤児院を抜け出す少女。俺は後を追った。 彼女は部屋着のままで、力なく足元を見つめながらゆっくりと歩を進めていた。明らかに様子がおかしい。 しばらく歩いた彼女が着いた先は、孤児院近くの川べりだった。視線を川の流れに落としたまま動かない。 嫌な予感がした。こういうのはよく当たるんだ。 そして俺の予感どおり、彼女は一歩ずつ、ゆっくりと川に向かって歩きだした。 「なんてことしやがる!」 俺は叫びながら、全速力で彼女に駆け寄った。俺に気づいた彼女が急ぎ足になる。どんどん川に入っていく。足をもつれさせ、転んだ少女が川の流れに飲まれた。 一心不乱に彼女を追う。意外に水流が速かった。このまま川に入っては間に合わない。俺はしばらく岸を下流に向かって走り、彼女を待ち構えるようにして川に入った。 水深も案外深かった。腰のあたりまで水に浸かったところで、彼女に手を伸ばす。かろうじて手が届いた。意識を失っていた少女を川から引っ張り上げ、岸まで運んだ。 どうやら水は飲んでいない。呼吸も脈もあった。ショックで気を失っただけのようだ。しかしこのままでは肺炎にもなりかねない。急いで少女の上着を脱がせ、体を拭き、俺の上着で包んだ。 そして俺はそれを発見した。 やっと見つけた。この少女が間違いなく朝比奈さんだ。 少女の左胸にそれが確かにあった。俺が以前見たものよりも小さい、微かな星形のホクロが。 一体誰がこんな運命を仕組んだというのか。 もし成長した妹が朝比奈さんに似ていなくて、そしてこの朝比奈さんが幼い頃の妹に似ていなければ、俺はこの朝比奈さんを救うことは絶対に出来なかった。 しばらくして意識を取り戻した幼い朝比奈さんは、泣きじゃくりながら俺に訴えた。 「わたし……お父さんとお母さんのところに……行きたかったの……」 今まで見た朝比奈さんの涙の中でも最も悲痛なものだった。 「あなたは誰? わたし……お父さんとお母さんのそばに行くことも……できないの?」 掛ける言葉が見つからなかった。いつまでも泣き続ける朝比奈さんを俺は力一杯抱きしめた。そうするのが一番いいと思ったから。 俺の胸の中で肩を震わせる朝比奈さんに、俺はやっとの思いでこう告げた。 「君は今ここで死ぬべきじゃない。君はいずれきっと幸せになる。だからがんばって生きてくれ」 泣き疲れたのか、朝比奈さんはいつの間にか眠っていた。 俺は彼女を孤児院まで運び、玄関の前に座らせた。濡れていない俺の衣服で彼女を丁寧に包んだあと、孤児院の呼び出しベルを鳴らし、明かりが点いたのを確認して時間移動した。 これも俺の知ることのなかった既定事項なんだろうか。もしそうでないのなら、俺はまたひとつ歴史を変えてしまったことになる。 だが、誰かが俺の行動を非難するというのならば、俺はそれを真っ向から受けて立ってやる。人一人助けられない規定事項など糞食らえだ。 朝比奈さんの人生がこんな悲しい結末を迎えるような未来が存在してたまるものか。それを変えることに何をためらう必要があるというのか。 俺は未来人組織の彼が指定した時空間座標に飛んだ。朝比奈さんを助けた日からおよそ二年後の未来だ。 「前に言っていた女性がようやく見つかりました」 俺は朝比奈さんのことを伝えた。身寄りがなく孤児院にいること。すぐにでも能力者として彼女を引き取り、迎えてやってくれないかと。 「もしその女性が本当に能力者の資質を持っているのであれば、それはこちらとしても誠にありがたいことだ。今の状況では俺たちには一人でも多くの能力者が必要だからな。それにいずれ君たちの時代に行くことになると言うのならばなおさらだろう」 「それを聞いて安心しました。彼女は少し粗忽なところもありますが、努力家なのは俺が保障します。そしていずれは俺たちの時代にはなくてはならない人物になります」 「ああ、まかせてくれ。これが歴史の必然ということならば、俺が協力しないわけにはいかないからな」 「どうか彼女をよろしくお願いします」 朝比奈さん、どうかがんばって生きてください。この人があなたを向かえに行く日まで。 これで何度目になるだろうか。俺は高校一年の頃の時代に飛び、機関作成の北高名簿を調べた。 二年の朝比奈さんがいたクラス。 果たして、朝比奈みくるの名が登場していた。それはひと目で解る。何しろ目立つ名前だった。 長かった。これでようやく未来人関係の既定事項が全て満たされたはずだ。 機関の中では、朝比奈みくるが存在することは既に当然の事実ととなっていた。歴史は見事に上書きされている。 つまり、それまでいた未来人の存在は既に皆の記憶からばっさりと消去され、機関の全ての資料は未来人朝比奈みくるの名前が取って代わっていた。 『無矛盾な公理的集合論は自己そのものの無矛盾性を証明することができない』 そうさ。それがキングであろうがクイーンであろうが、駒を隠したり入れ替えたりした事実を誰にも悟られない限り、そこには何の矛盾もないのだ。 俺は森さんに、それとなく朝比奈さんのことを聞いてみた。 「我々を撹乱させるために他勢力から送り込まれたエージェントだという推測もありましたが、どうやら正真正銘の未来人のようです」 のっけから不穏な物言いである。 「我々が存在を確認した時点で、彼女は既に一般人からも疑念を抱かれるほど未来人としては迂闊な言動をしていたようです。しかも本人にはどうやらその自覚もないらしいのですが。正直なところ、彼女を我々の時代に送り込んだ未来人の意図が測りかねます」 俺はそれを聞いて確信した。散々な言われようだが、あの朝比奈さんをこれほど的確に表現した言葉もないだろう。つまり、ようやく俺の知る朝比奈さんがこの時代にやってきたということだ。 そして、彼女がこの時代に来た原因は、俺が未来人組織のあの男性に朝比奈さんの存在を伝えたからに違いなかった。 しかしながら、未だに機関の資料に長門有希の名は現れていなかった。 朝倉も喜緑さんもいるっていうのに、なぜ長門は北高に来ない? まだ足りないことがあるのか? 高校生の俺が長門に会っていないことが原因なのだろうか? だが俺の経験では、あの七夕の日に朝比奈さんとともに長門のマンションに行ったときには、既に長門は北高の制服を着て三年間の待機モードに入っていた。 俺が長門に会うまでもなく、長門が北高に入学してもおかしくはない。 だとしたら、長門が北高に来ないのは、ハルヒの一度目の情報爆発から七夕の間にあるはずの何かが欠けているということだ。 しかし俺はその間に長門に起こった何かを全く知らない。長門は自分の過去を語るなんてことを今まで一度もしたことがなかったからな。 いや、待てよ。 それは違う。 長門は一度だけ、その見えざる内面を俺たちの前に提示したことがあったじゃないか。 決して長門の口からは語られることのなかった、いや語れなかったのかもしれないその心情を、難解な暗喩に満ちた活字に換えて。 そして今、俺の手元にはそれがあった。次元を超えて俺の足元に現れたあの文芸部機関紙が。 俺は書棚からそれを取り出し、あらためて読み返してみた。 高校一年の頃はそれが何を意味するのかはおぼろげにしか解らなかった。だが今ならそのときよりも少しは理解出来る。 無題1、2、3の三部作として書かれた長門の創作小説。これは一部目が過去の長門について書かれていて、二部目が当時の長門、三部目が未来の長門のことなんだ。未来とはつまり二度目の閉鎖空間での出来事を表している。 一部目と三部目に書かれていた幽霊少女とオバケ少女。それは当時の俺の推測どおり、やはり朝比奈さんのことだったのではないか。 つまり朝比奈さんはあの文芸部室での出会いよりも以前に、長門に出会っていたのだ。 そしてそれが長門をハルヒの元へと向かわせるきっかけになったということなのか。 ならば、それは一体いつだ? 長門の原稿にはこう書かれている。 ――空から白いものが落ちてきた。たくさんの、小さな、不安定な、水の結晶。これを私の名前としよう―― 長門は初めて見る雪に心を動かされ、それを自分の名前としたのだ。 俺の記憶によれば、その年はハルヒの情報爆発の日以来雪は降っていない。 ハルヒの情報爆発の日以前には、例え情報統合思念体であろうと遡ることは出来ない。 ならばあの日情報爆発が起こってから雪が降り止むまでの間のどこかで、長門と朝比奈さんは出会ったに違いない。 では、それはどこだ? 宇宙人と未来人の出会いに相応しい場所。何の確証もないが、俺にはそこしか思い当たる場所はなかった。 長門が住んでいたマンションの近く。駅前のあの公園。 俺は自分の勘に従って、すぐさまその日のその場所に飛んだ。 ハルヒによる一度目の情報爆発の少し前。午後十一時。 二年前の俺は、この五時間ほど前にハルヒとこの公園で奇跡的に出会い、失われた記憶を取り戻した。 この時代に生きる小学生の俺は、三年後に前代未聞にして空前絶後の暴走女と出会い、その七年後にそいつと結婚することになるなど夢にも思わず、今頃別の夢でも見ているのかもしれない。 俺は公園のベンチの監視に適した場所を探した。それは奇しくも長門や朝倉が住むことになるマンションの屋上だった。 しばらくして、ハルヒの時空振動がきた。内臓までもが揺さぶられるような不思議な感覚。だが俺にとってはそれが奇妙に心地よく感じられた。 時空振動が収まったそのとき、双眼鏡越しのベンチの前に突如一人の少女が現れた。 俺の予想が当たっていたことが、誠にあっけなく証明された。 そこには、今まで俺が見たこともない姿の長門が立っていた。当然ながら北高の制服ではなく、例年の合宿限定で身につけていた普段着のどれでもなかった。 体の線が透けて見えるような、白い薄地のワンピース。それが外灯に照らされて不思議な輝きを放っていた。背中に羽根さえあれば、それは間違いなく天使に見えるだろう。まだ名前すらない無垢な天使。衣装と一体化したかのような、純白の顔が微かに見える。表情は読み取れない。 俺は呆然として、魂を抜かれたかのようにその姿に魅入られていた。 長門は身じろぎひとつせず、いつまでもそこに立ち尽くしたままだった。一時間経っても、二時間経ってもずっと同じ姿で。 すぐにでも長門の前に現れて声をかけてやりたい、どれだけそう思ったことか。 だがそうすることは出来なかった。それは俺の役目ではなかった。 俺は再び未来人組織の彼に会いに行った。朝比奈さんの居場所を彼に告げ、組織で引き取ってくれないかと申し出た日の翌日へ。 「すいません、わけあってまた来ました」 「ああ。またいずれ来るとは思っていたよ。用件はなんだい」 「昨日話した女性のことなんですが、もし彼女が俺の時代に来ることになったら、最初にある場所に行って欲しんです。いずれ彼女にそう伝えていただけませんか」 「それは君の時代にとって大切なことなんだな」 「それは実のところ俺にも解りません。ですがそれはおそらく必要なことのはずです」 「解った。こちらにも都合はあるから確約はしかねるが、なるべく君の期待に応えられるよう努力してみるよ」 「ありがとうございます。よろしくお願いします」 「それで、いつ、どこの時空に彼女を行かせればいいのかな」 そう言って彼は右手を差し出した。これは、俺に指伝えで情報を遅れということか? なんとなく出来そうな気はするが。 時空間座標を念じながら人差し指で触れてみた。 「おいおい、座標データだけでいいんだ。女の子の映像なんていらないぞ。それにしてもずいぶんと可憐な少女だな」 なかなか難しいもんだな。とりあえず座標は伝わったようだったが。 「しかし恐れ入ったな。普通これほど大量のデータを一度に送るなんて、相当訓練を積まないと出来ないことなんだがな」 声を上げて男性は笑った。 「まあ回数を重ねればいずれ慣れるさ。ああそれと、昨日の件だが組織の方には既に話は通しておいた。近いうちに彼女に迎えが行くはずだから安心してくれ」 そこまで言って男性は思いついたように、 「それとも、もう既に君の過去には影響があったのかな?」 「ええ、実はそのとおりです。なんとお礼を言っていいか」 「いや、まだ俺は組織に話をしただけだからな。まあ未来の俺に対する礼として受け取っておくことにするよ」 そう言って愉快そうに顔を綻ばせた。 これがTPDDを持つ者同士特有の会話なんだろうな。俺にはいつまでたっても馴染めそうにはないが。 あの公園で朝比奈さんと長門の間にどういういきさつがあったかは解らない。それは二人だけが知っていればいいことだ。 その結果、長門はようやく北高に現れた。これでSOS団設立時のメンバーが揃ったことになる。 そして高校一年の五月、ゴールデンウィークが明けた翌週。ついに念願のSOS団結成がなされた。 ハルヒを筆頭に、長門と朝比奈さん、そして過去の俺がSOS団に入ったのを確認した俺は、北高への転入指令を下すために高校一年になったばかりの古泉に会った。 「久しぶりだな」 「ご無沙汰しております。最近は本部の方でもお目にかかれませんが」 「ああ、色々と忙しくてな」 これは半分事実で半分嘘だ。俺は確かにここしばらく朝比奈さんの捜索に全力を注いでいたが、古泉と会うのはせいぜい数ヶ月ぶりのことだ。だが古泉からすれば、俺と会うのは二年ぶりくらいにはなる。 俺は話を切り出した。 「涼宮ハルヒに宇宙人と未来人が接触しているのはお前も既に知っていると思うが、是非お前にも北高に潜入して欲しい」 「それは興味深い話ですね。随分と急な話のようにも思えますが」 この頃には既に古泉はすっかり俺の知る古泉になっていた。 「ですが、どうして僕なんです? 北高には既に多くのエージェントが潜入していて、涼宮ハルヒとその周辺の調査も進んでいるはずですが」 「お前が機関の中で最も容易に涼宮ハルヒに近づける能力者だからだ。何しろ同級生だからな」 「なるほど。涼宮さんの内面をより理解することの出来る僕が直接彼女を観察するというのは確かに有効な手段かもしれませんね」 「だがこれは表向きの理由だ。俺はそれ以外の理由でお前が適任だと判断した」 「それはどういうことですか?」 「残念だが詳しい理由は話せない。だがこの任務はお前以外にやれる人物はいない。そしてその理由はいずれお前にも解る」 古泉はこの言葉の意味を転入した日の一限終了直後に知ることになる。いきなりハルヒが古泉のクラスに押しかけるわけだからな。さぞかし驚くことだろう。 「これだけは言っておく。これは機関にとって最も重要な任務だ。言い換えれば機関はこのために存在していると言ってもいい」 「なるほど」 そう言ってしばらく古泉は考える素振りを見せ、 「一つ聞かせてください」 「なんだ?」 「僕はあなたに他のお偉方とは違う何かをずっと感じていました。今まで僕なりにその理由を考えていたのですが、今日それが解った気がします」 古泉のことだ。さすがにここまで言えば俺の秘密には勘付くだろうな。 「あなたはこれから先に起こる未来を知っているのですね」 「ああ、その通りだ」 予想通りの問いかけに、俺は正直に答えた。いずれはこれから北高で出会う過去の俺とこの俺が同一人物だということにも気づくだろう。 「そういうことであれば、あなたが北高に行けと言うのなら、それは多分間違いのないことなんでしょう」 古泉は楽しげな笑みを浮かべた。 「ならばもう一つ聞いてもいいですか」 「俺が答えられることだったらな」 「涼宮ハルヒに接触し、彼女の精神面の安定に寄与している男子生徒のことです。彼は機関の調査では紛れもない一般人だとのことですが、あなたはそれについてどう思いますか」 よりによって、俺のことか。 「そいつは俺にも解らん。俺が知っているのは涼宮ハルヒが何らかの理由でそいつを選んだらしい、ということぐらいだ。もしかしたら隠された能力があるのかもしれんが」 お願いだから、実は俺が異世界人だったなどという、いまさらな展開だけは勘弁願いたい。 「その彼も実に興味深いですね。解りました。この件、是非僕にやらせてください」 すまんが過去の俺をよろしく頼むぞ古泉。俺には必要以上に興味は持ってくれなくてもいいんだがな。 俺は機関の報告書で、古泉の転校によってSOS団が全員集まったことを確認した。このまま行けばおそらく既定事項は全て満たされるはずだ。 後はその確認と歴史の微調整、つまり俺が高校生の俺の行動を肩代わりした歴史を本来の歴史に上書きすれば、ようやく俺はもう一度ハルヒ復活のチャンスを得られるのだ。 そして、もう一度卒業式の長門に会い、作戦を練り直し、第二の情報爆発のあの日に向えばいい。 あの老人を打ち破ることが出来るのかどうかは解らないが、朝比奈さんの言う未来を信じるならば、きっと何か策はあるはずだ。 これでようやく一段落ついたと感じていた。老人によって歴史が改変されてからおよそ二年を費やした。その努力がようやく結実しようとしている。 俺はさらに四日後に飛び、古泉が過去の俺に正体を明かしたことを確認した。間違いなく俺の知る歴史どおりに物事は進んでいる。 機関の報告書を読みながら、俺はこの頃に起こった出来事を振り返っていた。 高校生の俺は今頃、長門による叡智に満ちた宇宙規模的電波話に呆れ、朝比奈さんによる悲哀に満ちた超時空的告白に混乱し、古泉による妄想に満ちた神話的物語に辟易しているはずだ。たった数日間で、俺がそれまで把握していた世界の枠組みは、その姿を大きく変容させたのだった。 そして俺はさらにこの先の数日間で、朝倉に襲われ、朝比奈さん(大)に出会い、ハルヒに心情を告げられ、古泉に招待された閉鎖空間で神人を目の当たりにし、ハルヒによる新世界に閉じ込められることになる。 これはなかなかのハードスケジュールだぞ。がんばってくれよ、高校生の俺。 俺はふと思い出した。そう言えば今日この日の放課後、ハルヒは部室に姿を現さず、反省会と称して一人で市内探索をやってるんだっけか。 俺はなんとなくそんなハルヒを見てみたい気分になった。俺の知らないところでハルヒはどんな風に過ごしていたんだろうと。 今思えば、SOS団がようやく誕生したことで、俺はすっかり安心しきっていた。 そして、そこに油断があった。 第六章
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文字サイズ小でうまく表示されると思います 涼宮ハルヒの誰時 お前は、俺をその名前で呼ぶな。 半眼で睨む俺を、朝倉は少し怒った顔で見つめていた。 「長門さんだったら、貴方をキョン君って呼んでも怒らないの?」 なんでここで長門の名前が出るんだ?それに第一、 長門は俺をその名前で呼んだ事はない。 突き放すように答える俺に、朝倉は目を丸くしている。 「え? そうなの?」 ああ、俺の覚えている限りはないな。 俺の言葉に、何故か朝倉は笑顔を浮かべる。 「そっかぁ、そうなんだ。へ~」 なんだよ。 何が気に入ったのかわからないが、不機嫌になったはずの朝倉は急に楽しそうにしている。 振り払われた手で、今度は俺の服を掴む朝倉は何か企んだ様な笑顔……つまりいつものハルヒの様な笑顔を浮かべた。 「怒らないでね?嘘をついてたわけじゃないんだけど、実は今の私には宇宙人的な能力はあるの」 な! 俺の言葉を朝倉の手が遮る。 「ストップ、最後まで聞いてよ?宇宙人的な能力はあるけど、それはスペック上での話。今の私を例えるならガソリンの無い車だと思ってもらえれば わかりやすいかな?涼宮さんによって再構成された私は本当に普通の高校生になったのではなくて、涼宮さんの意識の中にある普通の高校生としてしか 行動できない制約があったのよ。まあ同じ事だけどね。でも、涼宮さんが居ない今その枷はない。だけど統合思念体の存在も涼宮さんによって 無くなってしまったから、やっぱり今はただの高校生でしかないけどね」 小さく舌を出す朝倉に、俺はため息をつく。 わざわざそれを俺に言うって事は、他に何かあるんじゃないのか? でなきゃ言う必要もない事だろうに。 「正解。このまま普通の高校生として貴方と暮すのもいいかな?って思ってたけど。どうやら私にはまだやる事が残ってたみたい」 やる事? 俺を殺すとか言い出すんじゃないだろうな。 楽しそうな顔で朝倉は首を横に振る。 「ないしょ。それよりも貴方に聞きたい事があるの」 聞きたい事? 「そう。貴方は涼宮さんや長門さん、他の人達も含めて取り戻したいのよね?」 そうだ。 「結論だけ言うとね、長門さんから何か預かってたりしない?私が力を取り戻せれば、少なくとも貴方の望みを叶えるチャンスを作ってあげるくらいは できるはずよ」 何かってなんだよ。 「それはわからないわ。そうね、別に長門さんからじゃなくても何かこう、不思議な物とか持ってない?貴方にとってはただ不思議な物だとしても、 私にとっては力を使う為の鍵になる可能性はあるの」 長門や古泉、朝比奈さんから何か預かってないかだって?急いで考える中に浮かんで来るものといえば……そうだな。 長門から借りた本。ああ、駄目だあれは今朝本棚を見た時には無くなってたんだっけ。 朝比奈さんの私物……部室にあった衣装も何もかも無くなってたから思いつかないな。 古泉は駄目だ。あいつから何か受け取った覚えなんてない。 「よ~く考えてね。貴方の記憶を直接読み取れば早いんだけど、正直それだけの力も残ってないのよ」 そんな事されてたまるか。 ハルヒはどうだ?何かあいつが残した物はないのか……。 あいつの家がどこにあるのかなんて知らないし、今となっては調べようもない。部室は文芸部だった頃に戻ってしまってたよな。 教室は? 駄目だ、机も無くなってたんだった。 腕を組んで雑然とした部屋を歩き回る俺の脳裏に、何かが浮かび上がる。 なんだ、今のは? あれは……えっと、夏より前だった様な気がするぞ。 必死に記憶を辿っていく中で俺が辿り着いた答え、は。 カーテンの閉められた暗い部屋の中、モニターの小さな光が俺と朝倉の顔を照らす。 深夜の北高に忍び込んだ俺と朝倉は、元SOS団の部室……の隣、コンピ研に来ていた。 立ち上がったばかりの部長氏のパソコンのカリカリという小さな音と、俺の不器用なタイプ音だけが深夜の部室に響く。 「これがそうなの?確かにこれは涼宮さんの痕跡と言えなくはないけど……。残念、これはハズレよ」 モニターに映っているのはSOS団のウェブサイトだ。 いや、見せたいのはこれじゃない。 これを見せるだけなら別に深夜の校舎に不法侵入する必要はないんだ、ネット環境さえあればいい。 俺は手慣れた操作でキーボードを操作してURLを変更し、今日入力したばかりのパスワードを再び入力する。 切り替わる画面。 画面に編集機能と各種登録項目が表示され、俺はその中の一つ「画像登録」を選択した。 コンピ研の部長氏が閉鎖空間の様な物に閉じ込められた事件の原因となった、ハルヒの描いたあの画像。 長門が画像をいじってくれたおかげであの時は助かったんだったな。 無料レンタルウェブサーバーに登録済みの画像一覧には、長門改編によるZOZ団のシンボルマークがあった。そして、 「……ビンゴ」 朝倉が食い入るようにモニターを見つめている。 そこには確かに残っていたのだ、俺が最初に画像をTOP画面に張り付ける時、念の為名前を変えて保存しておいたハルヒの描いたあのSOS団の シンボルマークが。 いけそうか? 俺の質問に朝倉は嬉しそうに頷く。 「今の私でもこの画像から力を引き出すのは簡単よ。凄いじゃない、流石涼宮さんが選んだ人ね」 俺はパソコンデスクの席を朝倉に明け渡した。 ……なあ朝倉。 「なあに?」 俺に返事をしながらも朝倉は意味不明なコードをパソコンに打ち込み続けている。 知ってたら教えてくれ、ハルヒが俺を選んだのか?それとも、俺がハルヒを選んだのか? 不思議そうな顔で朝倉が俺を見つめる。 「それって何か違うの?」 そりゃあ違うだろ? なんていうか……俺はハルヒが神様みたいな存在だって聞いてたんだが、ここ数日色んな人から話を聞いている間にそうじゃないかもって思えて来たんだ。 「……そうね、貴方が涼宮さんに選ばれた理由は私にも統合思念体にもわからなかった。あの子が貴方を好きになった理由もね。でもね?女の子にとって 好きな男の子はみんな神様なの。自分が思う理想の存在であって欲しい、それこそ神様みたいな……。なんて、男の子は好きな女の子にそんな幻想を抱いたりは しないかな?」 どうだろうな。少なくとも俺の知っている神様って奴は、横暴で我儘で見てて落ち着く暇がないような奴だったが。 「あら、貴方がそんな女の子を望んでいた可能性はない?」 何故だろう、俺はそこで朝倉に何も言い返せなかった。 朝倉は朝倉で答えを聞くまでもないとでも言いたげに微笑み、沈黙させられた俺を無視してキーをタイプしていく。 「いい、この世界の涼宮さんは確かにもう存在しないわ。でも、完全に消えてしまった訳じゃないの」 場所は変わり、俺達は元SOS団の部室、現文芸部の部室の中に来ていた。 朝倉は窓際の長門がいつも居た場所に、俺はいつものパイプ椅子にそれぞれ座っている。 「今、涼宮さんは誰も居ない世界を作って一人で居るの。自分の思考も閉ざし、何も考えないまま一人で、ね。それを助けられるのは、この世界に多分 貴方しかいない。貴方が涼宮ハルヒの思考を取り戻せたら、私はこの世界に彼女を呼び戻してあげる。それからの作戦はこんな感じよ」 そう言って話し始めた朝倉の作戦って奴は無茶苦茶という言葉を体現するかのような内容だった。 言うなればお茶漬けを食べたいからまず粘土質の土を手に入れて、しかも空腹が始まる前に素材と食器を一式準備する……って所だろうか。 すまん、上手く言語化できそうにない。意志の疎通に齟齬が発生しそうだから忘れてくれ。 でもまあ、これだけで朝倉の作戦を理解できた奴がいたら素直に尊敬するぜ、古泉に代わって俺が一般人ではないってお墨付きをくれてやる。 「作戦は以上、質問はある?」 なあ朝倉。 「なあに?」 今更聞いても仕方のない事かもしれない、でも聞かないわけにはいかないよな。 何でお前は俺に協力してくれるんだ? 「何よ今更。でもまあ気持はわかるから教えてあげるね。私が貴方を手助けするのは、あくまで個人的な理由よ」 個人的な理由? 「そう、貴方に全く関係のない事ではないけれどね。今からする事は、貴方を殺そうとした事の罪滅ぼしだとでも考えていてほしいな?」 そう言って微笑んだ朝倉の姿が一瞬歪み、次の瞬間そこに居たのは。 朝倉より髪は短く、小柄で無表情な見覚えのある元文芸部の宇宙人。 なが……朝倉か。 「そう」 俺の言葉に朝倉は頷く。その声は聞きなれた宇宙人の声にしか聞こえなかった。 声まで長門そっくりなんだな 「でしょ?」 無表情だったその顔に、突然愛想がいい笑顔が浮かんだ瞬間確信した。中身はやっぱり朝倉だ。 「それじゃあ、今から貴方を涼宮さんの居る世界に送るわ。準備はいい?」 準備はいいが朝倉、眼鏡は外した方がいい。 「何それ、貴方の趣味?」 それもあるが、今の長門は眼鏡をしていないんだ。 「あ、そうなんだ。……これでいいわね。さ、目を閉じて。それと、私を呼ぶときはちゃんと長門って呼んでね?」 朝倉……長門の言葉が途切れるのに合わせたかのように俺の視界は前触れもなくブラックアウトし、体重を支えていたはずの床の感覚もなくなる。 それでいて落下するわけでもなく自分がどの向きを向いているのかもわからない時間を数秒体験したあと――最初に俺が感じたのは静かな風の音だった。 気がついた時、俺はやけに暗い場所に居た。 そこはどこまでも広がっているような果ての見えない暗い草原で、暗い空と草原以外は何も見えない。 ここはどこなのか? なんて考えても意味はないんだろうな。 現状を確認しようにも、俺の意識は確かにそこにあるというのに俺の体はそこにない、まるで夢の中の出来事みたいな感じだ。 見えている物にも、体が無いのに確かに感じる風にも何もかもに現実感が感じられない、何故だかわからないが俺はここに長く居てはいけない気がした。 「正解、あんまりこの世界に長居をすると普通の人間は精神が先に崩壊して廃人になってしまうから気をつけてね?」 朝倉、どこにいるんだ? 俺の思考に割り込むように聞こえてきた朝倉の声だったが、その姿はどこにも見えない。 「残念だけどその世界に私は行く事はできないの、涼宮さんが無意識で拒んでるからね。というよりも、貴方だけが許可されてるって言った方が正しいのかな」 じゃあハルヒはどこに居るんだ? 「涼宮さんは貴方の目の前に居るわよ。でも貴方がそれを見ようと思わなければ見えない、感じてみて?涼宮さんの事」 感じろったってどうすればいいんだ……。 いくら周りを見回しても、草原には何も無いようにしか俺には見えない。 「そこに居るって信じなければ見つけられないの、気づいてあげて?涼宮さんはずっと以前から貴方を待っていた。そのサインを貴方も知ってるはず」 俺が知っている……何のことだ? とにかく今は朝倉の言う通りにするしかないな。 ハルヒの事を考えて最初に思い出されたのは、入学式で俺の後ろで不機嫌な顔をしていたハルヒだった。 次に浮かんできたのは急に長かった髪の毛を切って登校してきたハルヒ。 ホームルーム前の時間を何気ない会話で、いつもつまらなそうだったハルヒ。 部活を作り出してから、急に笑顔が増えたハルヒ……。 次々と思いだされるハルヒの顔の中、俺は違和感を感じた。 親しくなって表情を増やしていく記憶の中のハルヒ中に、そこだけ急に不機嫌なハルヒがいる。 そのハルヒは何故か幼く、俺へ向ける視線には不信感が浮かんでいる。 あれは……あのハルヒは! 「私はここにいる」 どこからか、ハルヒの声が聞こえた気がした。 まるでその声に呼び寄せられるように、目の前にハルヒの姿が現れる。 何故か少し幼い感じのそのハルヒは北高校の制服ではなく私服を着ていて、じっと夜空を見上げていた。 つられて視線を上に向けると、そこには眩いほどの星空が広がっている。 「……誰か居るの?」 幼いハルヒが突然俺の方に顔を向ける。 姿は見えてないんじゃなかったのか? 俺は朝倉に聞いてみたつもりだったのだが。 「何、今の声。誰か居るの?出てきなさいよ」 そう言ってハルヒは辺りに誰か居ないか探し始めた。 どうやら俺の声は聞こえるが、姿は見えないらしいな。 いくら待っても朝倉は何も言ってこない。後は俺がなんとかするしかないか。 ハルヒ、お前なんでこんな所に居るんだ。 「え……何で私の名前を?もしかして宇宙人?」 少し違うが、まあそんな様な者だ。 俺の言葉に幼いハルヒの顔が急に笑顔になる。 「じゃあ未来人?それとも超能力者とか?まあなんだっていいわ、私に会いに来たのよね?そうなんでしょ?」 そうだ。「私はここに居る」ってお前のメッセージを見て俺はここに来たんだ。 「宇宙人語が読めるの?凄い、やっぱり居たんだ!」 俺にはお前が宇宙人語を書ける事の方が驚きだよ。ところで、お前はどうして俺に会いたかったんだ? 何か理由があったんだろ。 俺の言葉に、急にハルヒの笑顔が消えて悲しそうな表情が浮かぶ。 そのままじっと待っていると、ハルヒはゆっくりと呟きはじめた。 「とんでもない事をしちゃったのよ。あたしが信じてあげられなかったから大事な友達が消えちゃったのよ。全部、あたしのせいなの。 だから、本当に宇宙人が居るなら会ってみたかったの」 なるほどね。で、満足かい? 「そうね、もっと早く貴方に会えればこんな事にならなかったのに」 気が済んだならみんなの所へ戻ればいい。多分、お前が望めばそうなるはずだぞ? 「無理よ。……もうみんなには会えないし会えたとして誰にも許してなんてもらえない。勝手に巻き込んでおいて突き放して、しかも自分が好きな人だけ 独占したいから心から信じてあげられないなんて……本当、自分でも嫌になる」 そうかい。 「……なによ、そんな適当に。……どうせ他人事だもんね」 なあ、ハルヒ。 「何」 俺はな。お前を探して今も走り回ってる奴を一人知ってる。お前も知ってる奴だぞ。 「え?」 俺の知る限りそいつは不器用で特に取り柄もないただの高校生で、残念ながらお前が望んでる様な宇宙人でも未来人でも超能力者でもなく不思議とは縁遠い ただの一般人だ。でもな? ただお前に会いたいってだけで今も必死に探しまわってる。 「嘘……そんなの嘘よ、キョ……あいつはいつもあたしに振り回されて迷惑そうな顔してたもん!」 迷惑なだけだったら一緒になんか居ないさ。嘘なら嘘だと思ってもいい、それにまあお前が会いたくないと思えばそれっきりだろうさ。 でもな、例えお前が会いたくなくてもそいつは絶対にお前を見つけるまであきらめないぞ。例えお前に嫌われても、だ。 俺はお前にまだ言ってない事がいっぱいあるんだからな。 「え?」 ハルヒの目が大きく開かれる。 本当にそいつが好きなら告白でもなんでもすればいいさ、そいつもまんざらでもないかもしれないしな。 これからどうするかって答えはお前の胸にしかない、ここで一人残るって選択肢もあるかもしれない。でも俺はお前に戻ってきて欲しいんだ。 「駄目、これ以上は貴方がもたないわ。ごめんね?」 どこからか聞こえてきた朝倉の声と同時に俺の視界が少しずつ上昇していくのがわかる。 ええい、ハルヒを置いていけるかよ! 体なんてないが俺は必死にハルヒに向かって手を伸ばそうともがく。 その時俺の意識がある周囲が急に明るく光出し、真下に居たハルヒの体を明るく照らした。 戻ってこいよハルヒ、SOS団は不滅なんだろ? 光の中でハルヒが笑顔を浮かべて手を伸ばしてくる、実態が無かったはずの俺の手はその手を確かに掴んだ。 ハルヒ。……おいハルヒ! 机の上でつっぷしたまま眠り続ける団長さんの頭を、俺はわざと乱暴に揺らした。 そこにはあの俺好みなポニーテルは揺れていなかったんだが……。こうしてみると普段のこの髪形も可愛いもんだな。 窓の外は夕闇が近づいてきていて、部室の中は少し肌寒い。 数秒後、 「ふぇ……キョ、キョン?」 寝ぼけた声を出すハルヒの横を、長門がのんびりと通り過ぎていった。 その姿を見たハルヒは何も言えず目を見開いて固まってしまったが、長門はそれに気づかないふりをしたまま本棚へと歩いて行く。 いいぞ。ナイス演技だ朝倉。 長門の後姿を見つめながら心の中で俺は小さくガッツポーズをする。第一段階はクリアって所だな。 「え……有希? 消えちゃったんじゃ……」 消える? ……ハルヒ。お前、寝ぼけてるのか? 「え?え?」 混乱して俺と長門を交互に見比べているハルヒを無視して、長門は持っていた本を本棚へと戻して出口へと歩いて行った。 さあ、間違えるなよ? コンティニューはもう使ってしまったんだ。 長門、明日は9時に駅前だからな。休日だから間違って学校に来るなよ? ドアを開けた所で俺がそう呼びかけると、長門は振り向いて小さくうなずいて部室を出て行った。 扉が閉まる音と同時にハルヒが立ち上がる。 「明日が休日って……待って、ねえキョン。今日は何日で何曜日?」 今日か? ポケットから取り出した携帯に表示されているのは、金曜の文字と4日前の日付だ。 俺がやってる事は後で朝比奈さんに怒られる事なのかもしれないが、まあそれでもいいさ。 あの可愛らしい天使様にまた会えるんならそれくらいどうってことない。 顔いっぱいにクエスチョンマークを浮かべたハルヒを見ながら、俺は顔がにやけるのを止められなかった。 それは作戦が上手くいっているからってだけじゃない、またハルヒに会え……いや、やっぱり作戦が上手くいってるからだな。 まだ寝ぼけてるのか? ……まあいいか、なあハルヒ。実はお前に秘密にしてたんだが。 「な、なによ改まって。言ってみなさいよ聞いてあげるから」 まだどこか普段より大人しい雰囲気を残したハルヒだが、きっとこれには食いつく。そうでなければゲームオーバーだ。 俺はハルヒの両肩にそっと手をおいて、じっとハルヒの目を見つめた。 「ちょ……え、何? ……キョン?」 ハルヒの瞳の中で俺が大きくなり、そっとその瞼が閉じられようとしたその時。 実はな、朝倉がこっそりカナダから帰ってきてるらしい。 俺はそう呟いた。 ――刹那。 「なんですって!」 急に目を見開いたハルヒの手がすぐそばにあった俺のネクタイに伸び、途端に酸欠に襲われだした俺が笑顔だったのは何故だろうね? まだだ、まだ俺の出番は終わってない。 揺さぶられるまま俺は朝倉の台本通りのセリフを続ける。 しかも朝倉は、あのマンションの同じ部屋にまた住んでるらしいんだ。なのに北高には出てこない、何か変だと思わないか? 「キョン!そんな面白そうな情報を見つけたのに黙ってるなんて厳罰ものよ!」 言う事は物騒だが、ハルヒの言葉は楽しみで満ちていた。 おそらくこいつの頭の中では、誰も考え付かない様な展開が回りまわってるんだろうよ。 黙ってて悪かったよ、俺も古泉から聞いた時は信じてなかったんだが駅で偶然見ちまったんだ。間違いなく朝倉だったよ。 ――いい?涼宮さんが戻って来るまでに私は世界を4日前の状態に再構成しておくわ。そして私は、長門さんの姿で涼宮さんの前に現れる。貴方は涼宮さんを 誘導して「私と同じ方法」でみんなを復活させてあげてね。そうなるように私もフォローするから彼女の中の認識を変えて欲しいの。この意味、わかる?―― さて、世界を元に戻す魔法の言葉をハルヒに言わせないとな。 お前が寝てる間に明日はみんなで一緒に朝倉に会いに行こうって決めたんだが、それでよかったか? 俺の言葉にハルヒの顔が笑顔に綻ぶ。 「当たり前じゃない!SOS団創立時の謎がついに解き明かされるのね!あ~もう今から行きたい所だけどみんな帰っちゃったの?」 お前が起きないからだ。明日全員が集まれるように今日は早めに解散したんだよ。 「あんたにしては気がきいた行動ね。駅前に9時よね?い~い?絶対にきなさいよ!来なきゃ死刑だからね!」 「結局、この世界の朝比奈さんは何も知らないままだった様ですね」 その口調からすると、お前は全部覚えてるみたいだな。 家に戻った俺を待ち構えていたのは、営業スマイルを取り戻した超能力者だった。 いつもは小憎らしいその顔も、正直今は嬉しくて仕方がない。 「超能力者、ですから。……冗談です、協力者から全て聞いたんですよ。正直今でも信じられない程に驚いています。正に驚天動地ですね。 まさか数年先に起きると思っていた破滅が数日後に迫っていて、しかもただの人間にすぎない貴方が見事解決してしまうなんて。流石は涼宮さんが選んだ」 おい! お前今なんていった? 聞き逃せない単語を耳にして、俺は思わず古泉に詰め寄った。 「え、貴方が解決するとは驚いたと」 その前だ! 「貴方はただの人間に過ぎない」 そう、そこだ。俺はただの人間なんだな? 営業スマイルに不審げな表情を混ぜながら古泉は確かに頷いた。 「何をいまさら、以前も言いましたが貴方は普通の人間です。保証します」 ……この顔は嘘をついてるって感じじゃないな。って事はあの時の言葉はいったい……だめだわからん。何もかも無かった事になってるって事なのか? まあいいか。消去法で全部解明できるほど世の中簡単だったら、試験なんて余裕だよな。 夕食を終えて部屋に戻った時、まるで俺が部屋に戻るのを待っていたかのように携帯が鳴り始めた。 ディスプレイに映っている着信相手は……。 「ありがとう」 携帯越しに聞こえるその静かな声に、自然と笑みが浮かぶのを感じる。 それは間違いなく長門の声だった。 お前も全部覚えてるみたいだな。 「覚えている」 今回の事はあまりにも意味不明で、俺が完全に理解するには何年会っても足りないだろうな。だけどひとつだけ聞いておきたい事がある。 長門、やっぱりハルヒは明日SOS団を解散してしまうのか?みんなが消えてしまうのは避けられないのか? しばらくの沈黙の後。 「SOS団は解散されるかもしれない」 そっか。 やっぱり、これで全てが元通りってわけにはいかないか。 「ただ、現時点の涼宮ハルヒの力では時空改編や広範囲の情報操作は行えない」 なんだそりゃ? 「原因はわかっているが上手く言語化できない」 「ねえ誰からなの? あ、もしかしてキョン君? 代わって代わって!」 携帯電話越しに、何故か聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「大丈夫すぐに代わるから、そんなにすねないでよ? ……もしもし、キョン君?」 長門に代わって聞こえてきたその愛想のいい声は、何故か朝倉だった。 なんでお前が長門の部屋に居るんだ。 「現状の確認と明日の打ち合わせよ。私が長門さんのそばにいると心配?なんなら遊びに来てもいいわよ」 辞退させてもらう。 その組み合わせは長門の世界で十分に体験してきたからな。 「残念。長門さんが代わって欲しそうだから簡単に伝えるね?」 ああ。 しかし長門が電話を代わって欲しそうにしているってのはどうも想像できないな。 「私が見てきた中でも今の涼宮さんの力はとても小さな物なの。今回みたいな大規模な情報の改竄ができたなんて信じられないくらいにね。だから何か起きても 私と長門さんでフォローしてあげるからキョン君は心配しなくていいよ。あ、ごめん。私はキョン君って呼んじゃいけないんだったよね?」 いや、好きに呼んでくれていいさ。 俺だってお前にはそれなりに恩は感じているつもりだ。 「長門さんが凄い睨んでるからもう代わるね? ……はい、そんなに怒らないでよ? ごめんごめん」 長門が……睨むだと?駄目だ、やっぱり想像できない。 数十秒後。 「……もしもし」 聞こえてきた長門の声が、携帯越しのせいかいつもより僅かに低い気がした。 長門か、大体の話はわかった。 「そう」 何故だろう、呟くだけのその返事がやけに冷たく感じる。 長門。朝倉が居たら話しにくい事もあるだろうし、今度遊びに行ってもいいか? 再び数十秒の沈黙の後。 「待ってる」 そう聞こえてきた長門の声は、携帯越しのせいかいつもより暖かい気がした。 長門との電話が終わった後、朝比奈さんに今回の事を伝えるべきかどうか迷ったが、結局俺は電話しない事にした。 これ以上、あの人に悩みごとを増やすようなまねはしたくない。 ただでさえハルヒに一番振り回されてるんだから、楽をさせてあげられれる所はそうさせてあげないとな。 と、思っていたのだが。 うおわ! 「きゃ! ごめんなさい?」 深夜の部屋の中、眠っていた俺の腹部に突然何かが降ってきた。 目を覚ました俺が見たものを、罰の悪そうな顔で見つめる眼差しと、口に触れるひんやりと冷たいその手の感触。 そして僅かに香る覚えのある大人の女性の匂い。 「……急に押しかけてごめんなさい。どうしてもすぐに貴方に会いたかったんだけど、中々チャンスが無くって」 驚く俺の目の前に居たのは、照れ笑いを浮かべる朝比奈さん(大)だった。 いや、だからといって深夜に男の部屋へ忍び込むのはどうかと……ってそれはとりあえずいいとして。何かあったんですか? 「はい。キョン君にお礼をしに来ました」 お礼? 「ええ」 って事は、貴女は今回の事を覚えているんですか? 俺は朝比奈さんに今回の事を話すつもりはないんだが、どうやって知る事になるんだろう?やっぱり禁則事項だよな、これ。 「私の存在が一度は消えてしまい。そしてキョン君のおかげで元に戻れた事も全部覚えています」 とは言っても、全部朝倉のおかげで俺は何もしてないんですけどね。 「そんな事ありません、私や長門さんや古泉君が今この世界に居られるのは間違いなく貴方のおかげなんです。誰もそれを覚えていなくても、 私が覚えていますから」 真剣な顔で近寄って来る朝比奈さんから逃れようにも、ベットの上で体を起しただけの俺はすぐに壁際に追い込まれた。 あの、その。そう言ってもらえるのは嬉しいんですが、そんなに近寄られると色々大変なんです。 部屋が薄暗くてよかったぜ、色々な意味で。 「あ、ご、ごめんなさい。それで、今回の事であなたに何かお礼がしたいんです。上官の許可も出ているので、あまり時間はありませんが 時間の流れに大きく関わらない事ならある程度の事はしてあげられます」 あの、その言葉をどう取ればいいんでしょうか? これが夢だと言われたらすぐに納得してしまいそうな展開に、俺は無意味に喉が渇いていた。 前にも気付かれないなら頬にキスしてもいいとか言っちゃってる人だからなぁ、二人っきりの時に貴女にそんな事を言われると妄想が止まらないんですが…… あ、そうだ。 こんなタイミングじゃなければ一生はぐらかされそうな質問があったじゃないか。 じゃあ、朝比奈さんお願いです。 「はい、何でしょう」 貴女の本当の年齢を教えてください。 俺の言葉に、朝比奈さんは見ていて微笑ましくなるほどに動揺していた。 それって、そんなに秘密にしなきゃいけない事なんですか? 「えー! ……うう。ぜ、絶対、絶対に内緒ですよ?」 そう言って、当たり前だが部屋には俺と朝比奈さんしか居ないのに彼女は俺の耳元に口を寄せて来た。 ……ってぇ! あなたそんな短期間でそんなお姿になってしまうんですか?! 翌日の朝、俺は昨日ハルヒに伝えた時間に丁度間に合う様に家を出た。 それはつまり、 「遅い! 罰金!」 こうなるよな。まあ予定調和ってやつだ。 大声で宣言するハルヒはいつもの全力スマイルで、隣に立つ朝比奈さんは困った笑顔。 古泉は古泉で営業スマイルだし、無表情に見える長門にも楽しそうな気配を感じ取れなくもない気がしなくもない。 どこまでもいつものSOS団、そしてどこまでもいつもの休日の光景。 ハルヒ、やっぱりお前に泣き顔は似合わないぜ。 そこにはもう、泣きながら叫んでいたハルヒの姿はなかった。 「キョン、あんた人の顔を見て何にやついてるのよ」 別に。いつも通りだから、じゃ駄目か? 「何よそれ? ああもうキョンにかまってたんじゃ時間がもったいないし罰金は後でいいわ、さあみんな準備はいい? 今から朝倉涼子を捕獲しに行くわよ!」 結局、俺が神様みたいな存在なのかハルヒが神様みたいな存在なのかはわからないままだ。 だがまあそれでもいいさ、俺達のどちらかが神様みたいな存在だったら、もう一人はそれを見守ってればいい。 そうすれば、いつまでも一緒に居られるだろ? な、ハルヒ。 涼宮ハルヒの誰時 終わり
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今更ながら気付いたが、まだ日中にも関わらず森の中は非常に気味が悪い。いやはや、よくぞハルヒは一人で追いかけてきたもんだ。 と、そんなことを思慮深く考えていたせいかは知らんが、俺は繋いでいた手に一層の力を込めた。 瞬間、白いシーツに赤ワインを垂らしたように、ハルヒの耳が朱の色に染まっていく。 そして彼女は、そんな乙女じみた反応に比例するように、とてもとても力強く俺の手を握り返してきた。 こんな初々しい様子を見せられて、愛しく思わないやつがいるだろうか? いるなら出てこい、俺が骨の髄まで叩き込んでやる。 ……なんてな。困ったもんだ、どうやら俺は本気でこいつに――。 俺がむやみやたらと感慨にふけっている間に、眼前にそこはかとない光が射し込んできた。 あまりの眩しさに目を瞑る。久しぶりに本物の光を見たような気分であるのは何故だろうかね。 いや、理由は分かってるか。俺の目の前にいる彼女。こいつが希望の光を与えてくれた。 森を抜け出た直後、完全に置き去りにされていた他の連中が、俺たちの姿を見つけるやいなや揃って駆け寄ってきた。 「キョンくん、あの、その、佐々木さんのことなんですけど……」 「もう大丈夫です、朝比奈さん。ご迷惑お掛けしました。早く佐々木を助けてやりましょう」 俺がなるだけ明るく、そう発すると、朝比奈さんはアスファルトに咲いたタンポポを見つけたように顔を明るくして、 「そうです、頑張りましょう。あたしも、あたしに出来ることなら何でもやりますから」 爽やかな風が通り抜けた。 美術館にも飾れるであろう容姿の女神様は、天候を操る能力まで兼ね備えているようだ。 ハルヒとは別種の救いを俺に与えてくれる。心の補完のためには確実に必要な存在だね。 「僕も尽力します。姫様たっての希望でもありますから」 「あ、あたしだって、佐々木さんのために頑張るのです!」 と、古泉と橘も続いた。 この二人にも感謝しなきゃな、とは思いつつも「ああ」と投げやりに返してしまう俺。本能のままに生きているということを証明した瞬間でもあった。 「じゃあみんな、張り切っていくわよ! 出発進行!!」 そのまま俺の腕をつかんで、再びハルヒは歩き出した。一国のお姫様とは思えぬ行動力。 しかし、ここは全力で抵抗をさせてもらう。 「待て、ハルヒ」 現在持ち得る力を全て足に集約させ、懸命にフルブレーキングを試みる。それでも引きずられるのはどういう了見であろうか。 そんな俺に対して、ハルヒは眉間にしわを寄せながら、 「あによ」 あによ、じゃない。無鉄砲に進みやがって。 そんなことやってたら佐々木を助けるのがいつになるかなんて検討もつかんぞ。ましてや、また犠牲者が増えるかも……。 「じゃあどうすんのよ! あたしに意見したんだから、何か考えの一つくらいあるんでしょうね!」 沈黙。 そこまでは全く考えていませんでした。 「いや、あの……えっと、じゃあ、朝比奈さん」 俺が苦し紛れに名を呼ぶと、朝比奈さんが肩をビクッと震わせた。 何にもしてないはずなのに、犯罪でも犯したような気分に苛まれる今日この頃。 「あー……うん、そうだ。一度アジトに戻って、喜緑さんのところを訪ねてもらえませんか。何とか協力をお願いしたいんですが」 たまには考えずに話し始めてみるもんである。俺の口から零れ出たその言葉は、今の状況に対して真に適切な案であったと我ながら思うね。 さて、当の朝比奈さんは、瞼で大きな目をパチクリと往復させて、 「ええっと……それ、あ、あたし一人でですかぁ?」 「いえ、もちろんもう一人付けますよ」 冗談じゃない、一人だなんて危険すぎる。 これ以上誰かを傷つけたくはないんです。朝比奈さんほどの可憐なお方は特に。 「僕がご同行いたしましょうか?」 「却下」 「冗談です」 冗談だかマイケルだかは知らんが、こいつにだけは任せられん。それこそ朝比奈さんが傷物になる可能性がある。 そんなことになったら、こいつを殴り倒すどころじゃすまんね。 「それに僕は姫様のお供をすることが至上命題でもありますから」 知るか、そんなもん。 「橘、頼めるか」 消去法っていったら橘に失礼だが、実質余るのはこいつしかいない。 女二人だけだが、橘だったらそこらへんの雑魚くらいは倒せるから大丈夫だろう。 「任せてください。あたしがついているからには、朝比奈さんに指一本触れさせません!」 頼もしい言葉だね。若干信用はしかねるが。 しかし、おい、あからさまに古泉を睨むのはやめなさい。 「大丈夫よ、橘さん。古泉くんには好きな人がいるから。みくるちゃんに手を出すようなマネはしないわ」 と、ハルヒ。 ちっとばかり肝を抜かれたが、まあ確かに、こいつなら普通の付き合いをしていても何ら不思議はないな。 しかし古泉は、何やら分かっていないといった表情で、 「僕に、想い人ですか? そんな方はお見受けしないように存じますが……」 「あれ、古泉くんって森さんのこと好きじゃないの?」 終始ニヤケ面だった顔が固まった。心なしか青白くなっている気もする。大丈夫かよ、こいつ。 数秒の後、古泉はやっとのことで有機活動を再開し、 「有り得ません、絶対!」 明確な拒絶を感じるね。 森さん、という俺にとって未知のワードは、そんなに古泉の琴線に触れるものがあるのか。 「ふーん、そうなんだ。あたしは結構お似合いだと思うけどなあ」 と、ハルヒが含みのある笑いをしながらのたまった。 古泉は未だにしどろもどろ。主従関係の常を見た。 うむ、しかしこれはいい弱みを握れた。さすがハルヒと言うべきか。 「ま、それでも健全な男女が二人きりだったら何が起きても不思議じゃないわね」 というわけで、なんだかんだで結局、喜緑さんのところには朝比奈さんと橘の二人で行ってもらうこととなった。 「ところでみくるちゃん!」 「は、はい」 「アジトって何、どこにあんのそれ?」 「えっとぉ、城下町の」「城下町! ああもう、それじゃあそんな格好してちゃダメじゃない。あたしが見繕ってあげるから、こっちに来なさい!」 朝比奈さんが全て話し終わる前に一気にまくし立てたハルヒは、その勢いを持続したまま、年下と間違えてしまいそうな彼女をテントへと引きずっていった。そんな彼女の手には巻き込まれた橘の姿が。 「ひょえええ」 荒野に虚しく響く二重の叫び声。 それをバックグラウンドとし、俺は近くの岩に腰掛けた。 「ふう」 今更になって体に痛みを感じる。それこそこれまで経験したことがない、焼けるような痛みだ。 アメージング。少しだけだが、みんなと触れ合えたことで安心したから再発したんだろうな。 などと、俺に似合わなずセンチメンタルな気分を味わっていると、 「お隣、失礼します」 失礼させません。 「冷たいですね。お姫様にはあんなに優しいあなたが」 俺は女には誰にでも優しいんだよ。紳士として当然のたしなみだ。 「いえいえ、しかしあれには驚かされましたよ。あなたの口からハルヒ、とはね」 お前は一度その減らず口を釘で打ち付けた方が良さそうだ。今なら俺が自ら承ってやる。 「ご遠慮願います。ところで、朝比奈さんたちはあなたのアジトとやらに行くとして、僕たちはどうするんですか?」 沈黙、再び。 「まさかとは思いますが、何も考えていないなんてことは……」 「悪いか?」 開き直るほかなかった。 「まあ悪い悪くないで言ったら、10 0の割合で悪いかと」 100%じゃねえか。だいたいさ、お前も何か考えろよ。 誰か知り合いに石になった人間を元に戻してくれるやつとかいないのか? 「残念ながら」 「……そうかい」 俺は少し残念そうに言った。端からこいつに期待なんてしてなかったがな。 その言葉を境に、それ以上古泉が話しかけてくることはなかった。俺は延々と続く荒野を見ながら思う。 今日はやけに沈黙が続く日だ。 「おっまったせー!」 一キロ先にも聞き取れるような声が沈黙を一突き。それは近くの山々にぶつかって、若干のエコーがかかっている。 俺は遠くからも聞こえてくる反響音にも耳を傾けつつも、目の前に降臨した三人の天使を眺める作業に躍起となった。 ……はずだったのだが、俺はハルヒ一人から目を離すことができなかった。そりゃ朝比奈さんも素晴らしいんだが……むう、こりゃどうしたもんかね。 それにしても人間塞翁が馬。辛いことがあったと思えばこれだ。これだから人生というやつは面白いのだろうけどな。 なんて俗物的な考えをしていると、ハルヒが多少訝しげにこちらを一瞥し、 「どしたの?」 分からないことは訊く、当然のこと。5歳児にだって簡単に行うリアクション。 しかし、それを答える側となると話は別だ。訊ねる側に比べ、飛躍的に上昇した言語レベルが必要とされる。ある所説によると、返答は限界への挑戦とも称されるそうだ。 まともに返す場合は少しでも相手に伝わりやすくするため、ごまかす場合は少しでも質問の主から遠ざけようとするために尽力する。 そして、今回の俺のケースは後者にカテゴライズされ、上手くそれを実行しようとした結果、もれなく辞書にも載ってしまいそうな悪い例を披露してしまった。 「えっと、だな……そう、空は青いな、と思って」 ポカーンとした表情のハルヒ。朝比奈さんと橘はその隙にとハルヒの腕から脱出し、おしゃべりモードに突入した。 二人の「綺麗ですねー」というレスポンスを耳の端で捉えながら言葉を反芻し、よくよく考える。 前述すら弾いてしまう、悪い例にすら分類されない超絶タームを自らが発したということに気付くのに、それからそう長くはかからなかった。 「……あんた、何言ってんの? バカじゃない」 ぐぅの音も出ないほどの的確さ。反論の弁も無いとはこのことを指すのだろう。 俺が言葉に詰まったところを見ると、ハルヒは古泉に森さんのこと言及したときと同種の顔をして、 「はっはーん、もしかしてあたしに見とれてたってわけね。ほら、素直に言っちゃいなさい、今なら許してあげないこともないから」 「ああ、めちゃくちゃ綺麗だ。三人の中で誰よりも」 恐ろしいほど滑らかに口から言葉が出た。これが若気の至りであろうか。いやはや、怖いもんだね。 虚を突かれ、呆気にとられていたハルヒは徐々に頬を赤く染め上げた。お話中だったはずのお二人も顔を真っ赤にしている。 ん、ああ、古泉は説明する気にもなれん。強いて言えば、殴りたくなるような顔をしていたよ。 「ふ、ふんっ! よく分かってんじゃないの! アホのあんたにしてはマシな答えね!」 「そりゃどうも」 褒められているのか貶されているのかイマイチよく分からん。 しかしまあ、ハルヒの照れた顔が見れたからよしとするか。 「照れてなんかなーい!!」 ……そんな軽口を挟んだ三時間後―― 「――おい古泉、てめえやっぱり道間違えたんじゃねえのか」 「そんな筈はないと思うのですが……」 またその返事か。だとしたら、どうしてこんな状況なのか説明してもらおうかね。認めたくないが、認めざるを得ない。 現在、俺たちは遭難している。 話は三時間前に遡る。つまりは、俺とハルヒのたわいもないやり取りが終わった辺りだ。 「そろそろわたしたちは行きますね」という朝比奈さんにしては珍しい、モデラートのリズムのお言葉が契機だった。 俺は「一段落したらこっちから連絡します」と残し、名残惜しくも二人と別れた。 ある程度の距離まで二人を見届けると、ハルヒはくるりと俺に向き直り、 「で、あたしたちはどうすんの? もちろん決めてあるんでしょうねえ?」 と、そのときの俺が最も追求されたくないゾーンに土足でずんずん踏み込んできた。 ハルヒの顔に浮かぶ悪の笑み。それによると、どうもこちらの様子が分かって訊いているらしい。ここはスキップを使ってもらいたかった。 それに俺は特にボロを出すようなマネはしなかったはず……ああ、あれか。シックスセンス恐るべし。 さて、悪魔の笑みの効能なのか、俺の手乗り文鳥並みメンタルに与えられたダメージは、存外大きいものとなっていた。 そして、そのように精神を病んでいたためであろう。古泉に助けを求め目配せなどしでかす始末。 しかし、そんな俺の大英断をダンゴムシのごとく丸め込み、あいつは我関せずとばかりに朝比奈さんたちが旅立った方角を細い目で眺めている。 ……後で覚えてやがれよ、くそっ。 わずかの時間、古泉をシバくという別ベクトルの感情に想いを馳せていると、いつのまにやら、ハルヒは笑顔を極悪から得意満面に変化させ、胸を張りながら物申す。 「あたしの知り合いに王女様がいてね、その人なら何でも協力してくれると思うの」 この言葉に反応したのは他ならぬ古泉。 「なるほど、鶴屋さんですか」 「そ、古泉くんも分かってるじゃない」 「確かに彼女なら快く協力してくれるでしょうからね」 完全に蚊帳の外にいる俺。 「そういうわけよ! あたしたちの目的地は鶴屋さんとこで決定ね!」 ふむ、別に反対する理由もない。よし、じゃあ俺たちも行くとするか。 佐々木、待ってろよ。 ――と意気込んどいてこの様だ。 情けない、ああ情けない、情けない。 一句読んでみたが気休めになるわけでもなく、余計にブルーになった。心の中も猛吹雪である。 「だいたい、この山は絶対通らなきゃならんのか? もっと安全なルートはねえのかよ」 「ごちゃごちゃうるさいわよ! これが一番近い道なの! ちょっとでも早く佐々木さんを助けたいんでしょ!」 「そりゃそうだが……」 「じゃあ文句は言わない! いいわね?」 「……了解しましたよ、お姫様」 だが、本格的にマズいんではなかろうか。先程から延々と同じ場所を歩いている気がする。あ、だから遭難か…………へっくしょん…………にしても、寒いな……。 「大丈夫?」 「ああ、大丈夫だよ」 「あんた、首寒そうね」 ん、そういやマフラーとかしてなかったな。 「しょうがないわね、はい、これ」 自分が巻いていたマフラーを外して、ずいっと突き出す。 「いいよ、お前が巻いてろ」 いくら寒いからと言って、女の子から防寒具を奪い取るほど落ちぶれちゃいないさ。 「うるさい! 大人しく言うこと聞きなさい」 ハルヒが「とりゃー」と嬌声を流しながら俺の首目掛けて飛びついてきた。 同時に、腕に柔らかいものを感じ、理性がフライングしかける。……生きててよかったなあ……。 「あなた方がいれば凍死する心配はなさそうですね」 遠い目で戯れ言を抜かすな、バカやろう。 「いや、しかしですね……あれ…………」 「おい、どうした?」 「……急に、眠気が……」 「あたしも……何だか……眠い……」 おいおい、冗談じゃねえぞ。 「お前ら、絶対寝るんじゃねえ! 本気で死んじまうぞ…………いっ!?」 二人の体がフェードアウトしていく。雪が溶けていくように。 「……んだよっ、これ……くそっ、ハルヒ! 古泉!」 俺の叫びも虚しく、やがて、二人の体は完全に消失した。 「…………嘘、だろ……」 情けなくも、泣きそうになったとき、ふと、そう、何の前触れもなく突然に、背中を冷たい汗が流れた。 二人が消えたからか……いや、違う。 「……お前、誰だ……?」 あまりの威圧感に意識を失いそうになったが、何とか紡ぐように言葉を吐き出す。 吹き荒れる吹雪の奥で、そこだけがぼやけている。夏の日の、蜻蛉みたいに。 「――涼宮……ハルヒ――」 対峙するだけで気絶しそうなほどのプレッシャーを受ける。 佐々木と共に戦った怪物より、遥かに強い。 ハルヒに借りたマフラーが顔にぶつかり、俺を現実に返した。 冷静になった俺は、そいつの言葉を省みる。確かに言った、涼宮ハルヒと。 「――――連れ戻す――――」 結論。 こいつは俺が倒さなければならない。あいつらが消えたのはこいつの仕業だ。 「……ハルヒは渡さねえ」 「――無謀――」 無謀、か。 確かにお前の言うとおりかもしれん。だがな、それでも……やるしかないんだよ。 「俺がみんなを守るんだ」
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第一話 「おはよう、涼宮さん。最近嫌な事件が続いてるのね」 あたしが朝教室に着くなり阪中さんが話しかけてきた。 「おはよ。なにそれ?どんな事件?」 そう返事すると少し驚いたような顔をして教えてくれた。 「知らないの?最近この辺りで女子高生が誘拐される事件が続いてるのね。犯人はまだ捕まってないし…怖いのね…」 えっ?そんな事件があったなんて全然知らなかったわ…これは気になるわね… 「涼宮さんも気をつけた方がいいのね。それじゃあまたなのね」 そう言い残し自分の席へと戻って行った。 それと入れ替わるようにキョンが教室に入ってきた。 「おう、ハルヒ。おはよう。…どうした?」 ボーッと考え事してたからだろうか、あたしの顔を覗きこむようにたずねてきた。 …って顔近いわよっ! 「キョン!大事件よ!」 さっき聞いたばかりの事件をキョンに話した。 「ああ、その事件なら俺も知ってる。昨日のニュースでもやってたしな。 嫌な話しだぜ…」 なんだ、知ってたんだ…それなら話は早い! 「いい?これは放っておけない大事件だわ!早速今日の放課後からSOS団で調査開始よ!」 あたしは椅子の上に立ち上がり、しかめっ面をしたキョンへと高らかに宣言した。 「おい、ハルヒ!バカな事言うな。警察でも探偵でもない俺達に何ができる?」 むっ…なに呆れた顔してんのよっ! 「もし事件に巻き込まれたらどうするんだ…危険な目にあうかもしれないし…俺は…嫌だぞ、ハルヒがいなくなったりするのは…」 とつぶやくのが聞こえた。 「え…それってどういう―」 「と、とにかく事件のことは警察にまかせておけよ。わかったな?」 「わ、わかったわよ…」 急に話を終わらせたキョンにしぶしぶと答えるとちょうど岡部が入ってきた。 「みんな、おはよう。ホームルーム始めるぞ。それとハンドボールはいいぞ!」 岡部の戯言が耳に入らないくらいあたしはドキドキしていた。 さっきの言葉、どういう意味だったのかな…もしかしたらキョンもあたしのこと…好き、なのかな? いつか…この大好きって気持ちをキョンに伝えたい。今週の不思議探索の時に…頑張ってみようかな… その日あたしは授業中もずっと一人でにやけていた。かなり危ない人みたいね…今日はすごくいい日だわ!記念日にしてもいいくらいに。 そんなことを考えているとあっという間に放課後になった。 「キョン!掃除なんてさっさと終わらせて部室に来なさいよ!遅れたら死刑なんだから!」 「はいはい、わかってますよ。団長様」 いつもみたいな会話をして、一人で部室に向かった。 そして勢いよく部室のドアを開いた。 ----------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 「あ、涼宮さん。こんにちわー」 あたしが部室に入るとメイド服姿のみくるちゃんがお茶の準備をしようと立ち上がる。 「ヤッホー、みくるちゃん。あれ、有希と古泉くんは?」 「えっと、二人ともクラスの用事で遅れるそうです。さっき部室に来て涼宮さんに伝えておいてくださいって言ってましたよ」 温度計とにらめっこしながらみくるちゃんが答えてくれる。 「そうなの。…ん?」 机の上に置いてあるものに気づく。編みかけの…マフラーかしら。 「みくるちゃん、マフラー編んでるの?あっ、もしかして好きな男の子に?」 冗談めかして言ってみる。 「え?あぁっー、そ、それは…その…」 んー、顔を真っ赤にしたみくるちゃんも可愛いわね! 「実はキョンくんにプレゼントしようと思って…この前新しいお茶の葉をくれたからそのお礼に。このお茶がそうなんですよ」 瞬間的に思考が凍りついた。 嬉しそうな顔したみくるちゃんがあたしの机にお茶を置く。 ちょっと待って…キョンが?みくるちゃんに?いつのまに…? 自分の中で黒い嫉妬が生まれるのがわかる。 「えへへ、マフラー渡す時にキョンくんにわたしの気持ちを伝えようかなって、ふふ、そう思ってるんです」 その言葉を聞いて、さらに黒い嫉妬は叫びをあげる。 「そん……対……許……わよ」 「はい?どうしたんですか?涼宮さん?」 聞き取れなかったのだろう、みくるちゃんが側に来る。 「そんなの絶対に許さないわよっ!なによ!こんなお茶いらないわ!」 机の上に置かれたお茶を思いっきり床へ叩きつけた。 ガシャーーンと陶器が割れる音が狭い部室に響きわたる。 「な、なにするんですか!せっかくいれたお茶なのに…」 泣きそうな顔でみくるちゃんが睨んでくる。 「SOS団は団内恋愛禁止なのよ?それを…あんたは!」 自分の感情を抑えきれなくなりみくるちゃんに掴みかかる。 「しかも…キョンだなんて…絶対に認めないわ!キョンはあたしのものよ?あんたなんかよりあたしの方がずっとキョンにぴったりだわ!諦めなさい!これは団長命令よ!?」 「わ、わたしだってキョンくんのこと大好きなんです!諦めたくありません!それに…わたしの気持ちなんだから涼宮さんには関係ないじゃないですか!」 思ったより強い力で突き飛ばされあたしは尻餅をついた。 なによ…みくるちゃんのくせに! 目の前が怒りで真っ赤にそまる。 そして気がつくとあたしはみくるちゃんを思いっきり突き飛ばしていた。 「あっ…」 みくるちゃんが後ろに倒れると椅子に強く頭をぶつけ、ガンッと鈍い音がした。 しばらく苦しそうにうめいていたがやがて動かなくなる。 ハッと一気に現実に戻った私は目の前の光景を見つめた… 「み、みくるちゃん?…嘘でしょ…?目を…開けてよ…」 震える手でみくるちゃんをゆさぶる… でも…ぴくりとも動かない。 「そ…そんな…い、嫌…嫌あああああああああああああああああああああああ!」 叫び声が響き渡る。 どうして…どうしてこんな事に…どうすればいいの… その時、ノックの音がして、部室のドアが開いた。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 「うー、寒い寒い。っ!おい!ハルヒ…なにやって…」 部室に入ってきたキョンが目を見開いてあたしをみつめる。 最悪…よりによってキョンが入ってくるなんて… 「なんで朝比奈さんが倒れてるんだ?なにがあったんだよ!なあ!ハルヒィ!」 大声で問い詰められて身体の震えがいっそう激しくなった。 どうしよう…このままじゃキョンに嫌われちゃう。嫌だ、嫌だ!そんなの嫌だ! 「脈がない…死んでる、のか…」 キョンがみくるちゃんの脈を確かめながらつぶやく。 「あ、あたしは悪くない…みくるちゃんがキョンの事好きだって言うから…つい…カッとなって…」 「…お前がやったのか?どんな理由があるにしろお前が朝比奈さんを殺したことには変わりないんだぞ!」 すごい顔をしながら睨んできた。 「だってだって…嫌だったもん!キョンがとられちゃうの嫌だったもん!」 必死になって言い訳を並べる…きっとあたしは泣きそうな顔してるんだろうな… もうおしまいね…二度と今までの日常には戻れないだろう。 しばらく沈黙の時間が続く。やがて、 「…ハルヒ、聞いてくれ。俺がにいい考えがある…だから安心しろ」 さっきとはうってかわって ものすごく優しい声でキョンが言った。 最初キョンの言っている事がよく理解できなかった。てっきり怒鳴られてすぐ警察につきだされると思ってたのに… 「それって…あたしを助けてくれるって、意味…?」 「そうだ…こんな時だけど…俺はハルヒが好きなんだ!だから…離れたくない!」 「あたしも…嫌。大好きなキョンと離れたくない…ずっと、ずっと一緒にいたい!」 我慢しきれず涙がこぼれる。 「絶対俺がなんとかするから。頑張って二人で乗り越えよう。な?」 そう言って優しく抱きしめてくれた。 「うん…うん。二人で…頑張る!」 あたたかいキョンの腕の中で、あたしは泣いた。 こんな状況だけどすごく幸せで嬉しかった。 だってそうでしょう?ずっと好きだった人と両想いだったことがわかったんだから。 でも、この時あたしは気付いていなかった。自分の犯した罪の重さを、そして、どんな結末が待っているのかを… --------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 「とりあえず…もうすぐ長門と古泉が来るから急いで死体を隠さないとな」 キョンは辺りをみまわしながらいろんな所を探ってる。 「よし、掃除道具入に隠しておこう。後でもっとわかりにくい場所に移動させれば大丈夫だ」 キョンがみくるちゃんの死体、かばん、制服などを掃除道具入につめこみ、床にちらばった茶碗の破片を片付けた。 「これでよし…っと。ハルヒ、二人が来てもいつも通りふるまうんだぞ?」 「うん…わかった。」 私は団長机へ、キョンはいつもの場所へと座る。すると、 「いやあ、遅れてすみません。」 「……………」 相変わらず笑顔の古泉君と無言の有希が部室に入ってきた。 「おう。遅かったな。今日はどのゲームにする?」 「おや、あなたから誘ってくるなんて珍しい。そうですね、今日は―」 キョンの向かい側の椅子に座る古泉君。有希は窓辺に座って読書を始める。 私はネットサーフィンでもしようとパソコンの画面に集中する。けど、どうしても視線は掃除道具入へといってしまう。 「涼宮さん?さきほどから落ち着かない様子ですが、どうかされました?」 キョンとチェスを始めた古泉くんが聞いてくる。 「ああ、こいつ朝から体調が悪いみたいなんだ」 「そう、そうなのよ!でも平気だから気にしないで」 キョンのフォローで助かった。 「そうでしたか。ところで朝比奈さんの姿が見当たらないようですが、どこへ行かれたのでしょう。先程部室に顔を出した時にはいらっしゃったのですが」 いきなりみくるちゃんの話題が出て思わず息をのむ… 「あ…えっと…」 「朝比奈さんならお前らが来る前に用事を思い出したとかで先に帰っていったぞ」 またもキョンがフォローしてくれる。 でも、少しずつ身体が震えてきた… 「なるほど。…涼宮さん?本当に大丈夫なんですか?震えていますが…風邪ですか?無理なさらないほうが…」 心配そうな顔をした古泉くんが話しかけてくる。 「うん。そうね…今日はもう帰るわ。このまま解散にしましょ」 「おう。わかった」 「かしこまりました」 「……………了解」 それぞれに答えみんなが帰り支度を始めた時、 ガタッ…! 掃除道具入から音がした。 っ…!なんで…!こんな時に! みんなの視線がいっせいに掃除道具入へとむけられる。 気になったのか有希が立ち上がり掃除道具入の扉に手をかける。 どうしよう!まずい、まずいまずいまずい… もう、ダメだ…諦めて目をつぶった時、 「長門、中のホウキが倒れただけだろ。気にするな」 有希を止める声が聞こえた。 「………………そう」 有希はほんの少し怪訝そうな表情を浮かべたが、やがて扉から手を離した。 それを見てあたしは気づかれないように息を吐き、そのまま椅子にもたれかかった。 本当に危なかった…キョンが止めてくれなかったら今頃… 「それじゃあお先に失礼いたします」 「………お大事に」 二人が先に出て行くと部室には私とキョンだけが残った。 「ふー、なんとか誤魔化せたな。大丈夫か?ハルヒ」 「う、うん…大丈夫…ありがと」 キョンは掃除道具入を開けて中を覗きこんだ。 「死体を運べるくらい大きなバッグを探してこなきゃな。ちょっと待っててくれるか?」 そう言うとキョンは部室を出ていこうとした。 「キョン!なるべく…早く戻ってきてね」 「ああ。わかってるよ。すぐ戻るからおとなしく待ってろよ」 キョンを見送って一人になると今さらながら自分のしでかした事に頭を抱える。 これから一体どうなるんだろう… 誰にも見つからないでうまく隠せるのだろうか… 私は椅子に座ったまま目を閉じた。
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・・俺はただあいつに、笑っていてほしかっただけなのかもしれない。 涼宮ハルヒの再会 (1) いろいろありすぎた一年を越え、俺の初々しく繊細だった精神は、図太くとてもタフなものになっていた。 今の俺ならば、隣の席に座っている女の子が、突然『私、実はこの世界とは違う世界からやって来ているんです』などと言いだしたとしても、決して驚かないだろう。 愛すべき未来人の先輩や無口で万能な宇宙人、そして限定的な爽やか超能力者たちとともにハルヒに振り回されて過ごしたこの一年間は、俺があと何十年生きようとも、生涯で最も濃密な一年になるはずだ。 と言うより、そうなってくれないと困るな。 これ以上のことは、さすがの俺も御免こうむりたい。 いくらなんでも毎年毎年、クラスメイトに殺されかけるような事態は起こらないはず・・・と、思いたいな、うん。 北高に入学してから丸一年がたち、SOS団の団長及び団員はみな、無事進級した。 まぁ、“無事”などという表現が必要なのはどうやら俺だけだったようだが。 もっとも、万が一俺が留年し、一年生をやり直すなどという事態になれば、ハルヒの雷が落ちるのは間違いなかったわけで、そうなれば古泉の機関も黙ってはいなかったであろう。 来年、俺が留年しそうになったら頼むぜ、古泉。 「申し訳ありませんが、あなたの学業のことに関しては、機関はノータッチを貫かせていただきますよ。」 冗談だ。俺もお前や、お前の機関にできるだけ借りなんて作りたくないからな。 「それは結構。では、とりあえず今度の中間テストの結果を楽しみにしておきますよ。」 ふん、誰がお前にテストの成績なぞ教えてやるものか。 「いえいえ、あなたの口から直接伺えるとは僕も思ってはいませんよ。あなたもご存知の通り、この学校には僕や生徒会長の彼以外にも、機関の息のかかった者はおりますので、ご心配なく。」 いやいや、逆に心配になるんだが。 一体お前の機関にどこまで俺のことを調べられているのやら。 「おや、興味がおありですか。では少しお話ししましょうか、あれはたしかあなたが中学2年生の6月・・・」 「おい、こらちょっと待て、誰が話せと言った。」 それは、この約3年間の月日をかけて、ようやく記憶の片隅に追いやった、二度と思い出したくないエピソードだ。 勝手に引っ張り出してくるな。 「そうですか、それは残念ですね。やはり記録として活字で上がってくるものを確認するのと、本人のリアクションを見ながら確認するのでは、だいぶ違いがあるのではと思ったのですが。」 「いいか、その話は二度とするな。特にハルヒの前では絶対にだ。」 「それはもちろん分かっていますよ。僕のほうとしましても、いたずらに涼宮さんの心をかき乱すようなまねは避けたいですしね。」 ハルヒだけではない、この場に朝比奈さんがいなくて本当によかった。 あんな恥ずかしい話を朝比奈さんに聞かれた日には・・・ ああ、いや、これ以上考えるのはやめにしよう。 軽く思い出すだけで、激しい自己嫌悪に襲われる。 とにかく、あの二人に聞かれなかっただけ良しとしよう。 俺が部室に着いた時にはもう、いつも通りのポジションで本を広げていた長門には、話の触りを聞かれてしまったが、あいつのことだ、とっくに承知のことなのだろうし、仮に知らなかったとしても何ともないだろう。 先ほど、古泉の野郎があの話をしそうになったときに、長門がこちらをジトっとした目で見ていたのはなにかの間違いだろう、うん、そうに違いない。 その後、いつもより少し遅れてやってきた朝比奈さんのいれてくれたお茶を飲みながら古泉とゲームをし(当然俺の全勝だったのだが)、同じく遅れてきたハルヒによって朝比奈さんがおもちゃと化すのをなんとか止め、長門が本を閉じるのを合図に帰宅する、というこの一年の間にすっかり定着したこの日常を、俺はいたく気に入っていた。 だってそうだろ。 未来人や宇宙人、自分の望み通りのことをおこせるトンデモ少女(古泉の機関に言わせると“神”か)なんていう、ありえない肩書きをもっているとは言え、学校でもトップクラスの美少女たちに囲まれて、毎日の暇な放課後に色を加えることができるのだ。 まぁ、リーダーである団長様がアレなので、今の俺のポジションを羨む野郎なんてのは、つい一月ほど前に入学してきたばかりの新一年生にしかいないだろうが、人って生き物は慣れてさえしまえば、あとはなんとでもなるものである。 最初にも言ったが、俺はハルヒ絡みのことではちょっとやそっとじゃ驚けない体質になってしまっている。 宇宙人、未来人、超能力者が揃い踏みのこの空間で普通に過ごしている俺にとってみれば、身の危険さえ迫らねば、あとのことはたいてい黙って見過ごすことができるだろう。 そう、それがハルヒ絡みのことであれば、だ。
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「ねえあんたたちっ! みゆきちゃん見なかった!? こっちの方に飛んできたはずなんだけど……」 「いや知らんが、ハルヒよ。あんまり着物姿で走り回らないほうがいいと思うぞ。折角鶴屋さんの家の人から綺麗に着付けて貰ってるんだ。着物だって借り物なんだし、鬼ごっこが出来る程ここが広大だからといって早速始めちゃダメだろ」 「そんなのやるわけないでしょ! みゆきちゃん、着替え中に髪留めを取るのを渋って逃げちゃったのよ。どこ行ったのかしら……」 桃色の振袖を着飾るハルヒは、八重桜の下で座ってでもいればこれ以上ないほどの美麗な風貌を見せているのだが……やはりと言うべきか、こいつは裾をまくって鶴屋さん宅の廊下を跳ね回っている。 「涼宮さんらしくて良いではありませんか。ああやって快活な姿を見せていてくれるほうが、こちらとしても心が安らぎます。それに……」 古泉は俺に笑顔を向けると、 「異世界の問題も、無事に解決したことですしね」 ……現在、俺たちは鶴屋さん宅での俳句大会を終えて、どうせなら八重桜を背景にみんなで記念写真を撮っておこうというハルヒの提案と鶴屋さんの同意によって始まった女性陣の和装への着替えを、男性陣が待つという形になっている。 つまり今はゴールデンウィーク真っ最中であり、こうやって俺たちが平穏無事に今日を過ごせているのは、当たり前なことだが世界がちゃんと正気を保っているからだ それは俺たちの行動によって異世界の問題がちゃんと解消されているからに他ならないが、それについて語る前にまず、俺が今日ここに来て知った二つの驚きの事実について話しておこう。 一つ目は、鶴屋家の秘密の蔵に壊れた亀型TPDDが保管されていたことだ。 それを見せられて驚きを隠せない俺と古泉を見ながら、ニヤニヤを隠せない上級生はこう言った。 「いやーごめんねっ! あたし実は知ってたんだ、みくると有希っ子の正体っ。あたしが中一のときだったかな? これがいきなり空からうちの庭に降ってきてさ、中から、みくると大人っぽい有希っ子が出てきたんだよ? あたしは宇宙人もなんも信じてなかったんだけど、流石にあの登場で自己紹介をされちゃった日にゃあ、いくら鶴にゃんでも信じざるをえないねっ! あやや、あのときはたまげたっ」 「……じゃあ鶴屋さんは、かなり前からその事実を知ってたんですね?」 「ま、そういうことになるかなっ。まこと申しわけないっ。んで、そこで二人から事情を聞いてさ、正体どころか今日までの話をあらかた聞かされてたんだっ。いやあ、無事に世界が続いてくれて良かったにょろ! こうなったってことは、キョンくんはあたしの質問に答えを出したってことだよね。宇宙人と未来人、どっちを選ぶかって話っ」 「ええ。そうなるんでしょうね」 あとで気付いたのだが、恐らくこの人は、その問題を俺に投げかけることによって自分にとって大事な人は誰かということを考えさせたかったのだ。素直じゃない俺を上手く手玉にとった、なんともひねくれた問題である。流石は鶴屋さんだと言わざるを得ない。 「にゃはは。結局キョンくんが選んだのはハルにゃんだったってことだよねっ。ラブレター見たよ、あっついあつい! 触ったらこっちまで火傷しそうさ!」 何故あの手紙の存在を知っているのかについては後回しにしておく。 「それにさ、驚いたって言えばまだまだあるんだ。二人が墜落して出てきたときなんだけど、どうやらみくるが操縦ミスしちゃったっぽくって、大人の有希っ子はそれはもう鬼のようにみくるを叱ってたにょろ! もうみくるは半泣きで、しかも大切な部品が別の時代に落ちちゃってさあ大変! そして、それを見ちゃったあたしに二人が協力を求めてきたってわけさ。ほんと、高校に入ってから二人に再会して、みくるはドジッ娘のまんまだったけど、有希っ子のあまりの大人しさには我が目を疑っちゃったよ! まるで別人さっ」 ああ、通りで最近長門と仲良くなってきた朝比奈さんが、大人になるとまた長門を恐れてしまっていたわけだ。それに、未来の長門はそんなに饒舌なのだろうか? 俺のイマジネーション能力では皆目見当もつかないので、是非一度見てみたい気がする。そして、そのときに紛失した部品があの金属棒だったってわけだな。 続く二つ目の事実なのだが、それは谷口と周防九曜が知り合いであり、しかもクリスマス前に谷口が付き合ったと言っていた相手が、なんとこの周防九曜だったという話だ。 また、谷口は人違いだったというおマヌケな理由で振られちまったんだそうな。 まさか周防九曜は俺と谷口を間違えたなんて言うんじゃなかろうなと思いきや残念ながらそうだったため、谷口のどこが俺に似ているんだと当然の抗議を申し立てたとき、古泉は「いえ、お二人には実に良く似た部分がおありですよ。だから中学生の涼宮さんも………と、これは秘密です」などと、どうやら谷口もハルヒに告白をしていたということを匂わせるような発言をした。ま、別に聞かなくてもいいことさ。 と、ここでも一つ疑問が生じたと思うので説明しておく。 今回の鶴屋家主催花見俳句大会、実は参加者がSOS団以外にも佐々木たちや俺の妹、そしてミヨキチやハカセ君に至るまでSOS団関係者のほぼ全員が集合してしまっているという様相を呈しているのだ。 谷口と周防九曜が運悪く鉢合わせたことやこのイベントの参加者がこれだけの数に肥大化したことにも驚きを隠せないが、それを容易に許容できる鶴屋家の敷地面積と二つの意味での懐の深さにもあらためて一驚を禁じ得ない。 まあ、ここにやってくる繋がりとして他のメンバーはなんとなく分かるとして、佐々木たちがここに参加しているのは、会誌を仕上げた土曜日の次の日、世界の運命を分ける日であった日曜日にSOS団と鉢合わせたからだ。異世界の問題については、ここから説明を始めよう。 異世界ではそこでハルヒが俺たちの正体に気付いたことによって、みんなの記憶が失われてしまった。 しかしそれは今回の詩集、SOS団の面々が自分自身を題材にしたポエムを朝比奈みゆきが異世界にもたらしたことがキッカケとなって異世界は正気を取り戻した。 そうやって全てを知った異世界の俺たちは、こちらの世界に同期する道を選んだと聞いている。 その選択はSOS団団員のみんなが全てを団長に一任して導き出されたものらしい。 つまり異世界の俺たちはハルヒに全てを打ち明け、その上で、分裂した世界のこれからをどうするのかハルヒ自身の意思に委ねたというわけだ。 そしてあいつはこちらの世界を選び、分かたれた世界を一つにした。 俺には、どうしてハルヒがその選択をしたのかわかる。 非日常が日常になり、その身に過ぎた力があるのを知ってしまったとき……ハルヒはなんと答えるのか。 ――SOS団。涼宮ハルヒと俺たちの冒険は、本当が嘘になる世界で不思議を見つけることが目的じゃない。普通でも普通じゃない日々の中で、気の向くままに遊んでいるのがSOS団であり、ハルヒの……俺たちの望みなんだ。 そう思ったとき。 鏡の世界から投げられたハルヒの願いを、俺は確かに受け取った気がした。 ……とまあ、今回ハルヒが書いたポエムにも、それを感じさせるような言葉があったんだがな。 俺のポエムを見た後にハルヒが書いた、答えはいつもあたしの胸に、から始まる詩の中に。 そしてこちらの世界の日曜日では、俺たちは土曜日に中止となった不思議探索を通常営業で行った。 そこでばったり出会った佐々木たちをハルヒが俳句大会に誘ったのを発端に、続々と参加者が増えていったという次第なのである。 うん。今日までの流れの説明としてはこんなものだろう。 しかしまあ、佐々木と橘と周防九曜は分かるとして、藤原がやってきたのは正直意外だったな。こいつはてっきりこっちの誘いを断ってくるものだと思ってたよ。 「ふん。この国の文化に触れておくのも、僕のこれからの任務において有意義だと思ったんでね。たまには予定表にない行動をしてみるのも悪くはないよ」 「未来人の任務……これは僕の予想にしか過ぎませんが、もしかして貴方は、日本書紀を作成して聖徳太子という虚構の人物を作り出すのではないですか?」 女性陣の着替えを待機している男共が軒を連ねているあまり面白くない風景で、古泉が藤原に言う。こいつらの隣に並ぶというのもなんて居心地が悪いことなんだと思いながら、 「なんだそりゃ。つまり、聖徳太子はいなかったとでも言うのか?」 こくりと古泉。そして人差し指を立てながら、 「ええ。日本書紀でその存在が語られている聖徳太子が実は存在しなかったというのは、最近世間にも周知されてきている事実です。僕はね、このように往々にして歴史書が実際の事実と違っているのは、実はそれが未来人によって作成されていたものだったからなのではないかと想像してしまうんです。こういった方法であれば直接的にその時代を変えることなく、それからの未来を導いていけますからね。実際に聖徳太子という人物の存在は、現代の僕たちを形作る上で重要な影響をあたえていますから」 古泉の台詞に、ぷいと顔を背ける藤原。古泉は、藤原不比等がどうたらと話を続けていたかと思いきや「それよりも」と藤原の視線を自分に向けさせると、「あなたには、色々と伺いたいことがあるのですが」 藤原は溜息をつくように、 「彼女から聞いているよ。というより、全てを知らされたと言うべきか。……まさか朝比奈みくるの組織も長門と繋がっていたとはね」 「どういうことだ?」と俺が聞くと、 「長門は、僕の組織と彼女の組織を統制することによって世界を両側面から回していたのさ。僕の組織の方がどちらかといえば表で、彼女の方が裏になる。だから、こちらの方が朝比奈みくるたちよりも知らされている情報が少なかったんだ。……だが、その真実を知ったからといって、僕たちはこれまでの行動意義を疑ったりはしないよ。全ての行動が自らの意思によってなされたことに変わりはないんだ」 「その思想は《機関》の理念にも通ずるところがありますね」 そりゃ何なんだ、と聞くと古泉は遠い目をして、 「……目の前に続くこの道を、我々は自らの意思で歩いていくのだろうか、はたまた見知らぬ者の意思によって歩かされるだけに過ぎないのか――。人はその疑念を抱いた瞬間に、自身の立っている場所すら見失ってしまうことがある。しかしそれは、過去を振り返ってその道に不安を抱いた者が陥る自縄自縛の考えでしかないのです。他人の駒になってしまうことは忌避したいものですが、それを気にしてばかりいて、己が立ち止まっていることに気付かないというのは輪をかけて愚かしい行為だ。だから、僕たちはいつだって自分の意思をもって前に進むことを忘れてはならないのですよ。他の者の意思など、実は何の関係もないのです。自分の足を進めることが出来るのは、自身の意思の力以外には存在しないのですからね」 「つまり、いつだってやれることをやるだけってことか?」 「その通りです。それこそが真実に至る唯一の方法であり、また、あなたの生き様でもありますね」 これは素晴しいことです、と古泉。俺は別にそんな高尚な考えで動いているわけじゃないんだがな。出来ることしかしないだけなんだ。 「それは簡単なようでいて相当難しいことなのですよ。己に出来得ることを見極め、それを実行に移す。これは見極めるというだけでも至難の技だというのに、あなたの場合はほぼ直感的にそれを理解、行動し、その姿勢をいついかなるときも崩さない。良くも悪くも理詰めの考え方しか出来ない僕からすれば、あなたの真実を見る能力は天才的で驚嘆に値します。だから僕は、あなたには敵わないなと思うのですよ」 あんまり褒められても気味が悪いだけでしかないぜ。それにおだてられたからといって、俺がお前に敵うなんて勘違いはしない程には客観的に自分を判断する力は持ってるつもりだ。 俺たちの会話を黙したまま聞いていた藤原はチラリと古泉を見やると、 「……そこまで考えが及ぶなら、僕がキミに話すことはないんじゃないのか?」 「そうですね、あなたがもたらしてくれた理論のおかげであらかたの予想は立っています。涼宮さんの情報創造能力の正体、そして未来組織の正体についてもね。こちらから話をして様子を伺ったほうがいいのならそうさせて頂きますが」 「どの道僕が言えないこともある。キミの推論を聞いているほうが良さそうだな」 「ではまず、僕の考える情報創造能力の正体についてお話しましょう」 すると古泉は俺に、今度は四本の指を立てて見せ、 「この物質世界の物理法則は、複数の『力』によって支配されてます。それらの力は宇宙開闢の際一つの力だったものが分化して形成されたものだと推察され、これらの力が元々一つであったなら、その全てを統合し、宇宙の仕組みを統一的な原理から考えられるのではないかといった試みがなされているのですが……現在はその全ての力を統一しようとする理論の《超大統一理論》は実証されていません。が、そこで涼宮さんの時空改変能力の登場です。彼女が世界を『箱』から『紙』に変えたことによって次元の性質、つまり世界に内包されていた『力』が統合され、あの情報創造能力が発生しています。このように、世界の入れ物を変えることによって中身を統一させるという理論が涼宮さんによる《超大統一理論》であり、それは能力の発現により実証も得ている。つまり彼女に備えられた神の力の正体は、宇宙の始まりに存在し、僕たちの世界の全てを創造した『大いなる力』だったというわけですね」 まさか、あの唐変木な力にそんな正体があったなんて想像もしなかったよ。単に無茶苦茶なだけだと思ってたからな。 「なんだ。じゃあハルヒは、その力を発生させるために時空を改……」 と言いかけたところで俺は理解した。 そうか。ここでもやっぱりハルヒは力が欲しかったんじゃない。 あいつが時空を改変した理由は、小説誌に書いたハルヒの時間平面理論に関する論文が全てを語っている。 SOS団を恒久的に存続させるための方程式。 つまり俺たちと出会うことを望んだあの小さいハルヒが、SOS団でいつまでも過ごしていけるような世界を夢見て、それが時空の改変に繋がったのだろう。《あの日》に出会った俺が『鍵』となって、ハルヒは次元の箱を開いてしまったんだな。 すると古泉は遠い目をして、 「……実を言うと僕は、機関に限らず、SOS団にもいつか終わりの日はやってくると思っていたんですよ。本音を言うと今回の事件でそうなるのではないかと。……でも、そうではなかった。物語を構成する起承転結において『結』とも言えるあの出来事を通して、逆に僕たちは一つになることが出来たんです。――ここで僕は考えてしまうんですよ。ひょっとしてSOS団には、終わりなどないのではないかとね」 「……それはそれで怖い感じもするが、その理由はなんなんだ?」 古泉は微笑み、 「――SOS団が『結』を迎えたとき、そこには『団結』という言葉が形作られるからです。現に《機関》は、これから長門さんを始めとして情報統合思念体と共に歩むことに決めました。個人ではなく組織としてであれば、悠久の時を生きる長門さんをずっとサポートしていくことが可能ですからね。そして未来の《機関》こそ、朝比奈みくるさんや藤原さんの所属する組織、時間の流れの外側に身を置く時空管理局となるのでしょう。これから《機関》はそのように形態を変えていくからこそ、未来の理論も伝えられたのではないかと」 ……今まで散々話を聞かされてきたが、『団結』ね。まさか最後をそんな適当な話で締めてくるとはな。脱力せざるをえないぜ。 「そうですか? 終わりの話としては相応しいかと。それに僕は、この理論が一番好きですよ」 ふん、と俺が鼻を鳴らすと、藤原は話が終わったのを見計らったように、 「ところで古泉一樹。あんたは長門をどう思ってるんだ? 彼女といつまでも一緒にいたいだとか、そういうことは思っていないのか?」 いきなり藤原は何を言い出すんだろうか。たまらず俺は古泉に目を配る。 「流石に僕には、ずっと長門さんの傍にいるなんてことは出来ませんよ」 その言葉の意味はなんだと問いただしてやろうかと思ったが、古泉は間髪入れずに、 「ですが、そうですね……せめてこの命が続く限りは、彼女と共に過ごして行きたいものです」 そんなことを屈託のない笑み混じりに話していたとき、 「おわっ!? な、長門?」 「…………」 長門がいつの間にか俺たちの隣にちょこんと正座していた。 青紫色の着物に身を包んだ長門は、虚を突かれた古泉に視線を向けて首をこてんと傾けると、 「……古泉一樹」 そして言った。 「それは、プロポーズ?」 こいつはお前と一生添い遂げる覚悟みたいだしな。プロポーズなんじゃないか? 俺がそんなことを言うと古泉はやや困りながらもまんざらでもない反応を見せ、その姿を見ていた藤原は小憎らしい笑みを作り、 「ふん。せいぜい尻に敷かれないようにするんだな。僕が存在するためにも、頑張って欲しいと思っているよ」 「それは……」 古泉は微量の驚きを顔ににじませている。それは俺も右に同じだ。 まさか藤原は、長門と古泉の……? 「理論的には可能」 長門が淡々と口を開いた。 「ヒューマノイドインターフェースが行使する情報操作能力は、あくまでハードではなくソフトの問題。有機生命体としてのわたしの構成情報は人類のそれと同等であり、あなたたちとのあいだに生物学的な意味での差異はない。つまり、もしわたしと古泉一樹がセッ………………」 はい。テイクツー。 「わたしが普遍的な女性として生きることには、どんな弊害や支障も発生しない。唯一問題があるとすれば、相互間の精神的な問題だけ」 「じゃあ長門、お前は古泉のことをどう思ってるんだ?」 「…………」 じっと古泉の顔を見つめる長門。 「わからない。……でも、彼がわたしを守ってくれようとしてくれたことは知っている」 そして確かに、長門はにっこりと微笑んで言った。 「ありがとう」 もうおめでとうとしか言いようがないぜ古泉。これから頑張っていけば、なんとかなりそうな予感がするじゃないか。長門の笑顔を独り占めするなんて、うらやましいやつめ。 「あまりいじめないで欲しいな」 古泉は苦笑し、 「それになじり合いの勝負ならば、こちらには必勝のカードがあることをお忘れなく。組織の人間ではなく対等な友人関係としてであれば、追い詰められた僕がそのカードを切らないとは限りません」 なに言ってんだ。それはお前たちが血みどろの抗争をやってるってのが嘘だったことで相殺だ。言われなきゃわからんとはいえ、えらく無意味な嘘をついたもんだな。 「それ相応の苦労はしているつもりですよ。それに、組織には裏の顔があるほうが面白くはありませんか? 《機関》はそれこそ独占企業のようなもので、いわば敵なしの平穏そのものでしたからね。あなたの好みに合わせて、軽く色をつけてみただけです」 「そりゃお前の趣味だろうが。それに考えてみれば、一番の対抗組織だったであろう橘京子の組織とですら流血沙汰を起こしていた様子はなかったんだから、俺も気付くべきだったよ」 古泉は小さく笑い、 「それはうかつでしたね。ですが、そんな嘘を通すために当時敵対していた彼女たちと口裏あわせをするわけにもいきませんし、流石にそこまで安穏としていたわけではありませんから」 話を戻しましょう、と古泉は、 「長門さんとのことは正直戸惑っています。ですが……」 無表情を貼り付けている長門を見て、 「カマドウマ事件のとき、彼女に読書以外の趣味を教えるという件を後回しにしていたことを思い出しましたよ。そろそろ、それを考えるべき時期のようですね」 そう言いながら、古泉は流麗な笑みを長門に向ける。 俺が長門の表情に変化がないか凝視していると、 「もちろんそれはあなたもです。なんせ、あなたの方は既にラブレターまで渡しているのですから」 ここでネタ晴らしといこう。鶴屋さんやこいつがあの手紙の存在を知っている理由は、ある意味で俺の自業自得であり、ひとえにハルヒの暴挙のせいでもある。 思い出して欲しい。俺の書いたポエムは、本来機関紙に掲載されるためのものであったということを。ちなみに俺がそれを思い出したときは戦慄したね。 そう。ハルヒはあれをなんのてらいもなく無編集のまま機関紙に載せたのだ。 これはまさに俺の自業自得なのだが、ハルヒがあの内容をまんま載せた行為は暴挙だとも言えるんじゃなかろうか。 そうして俺のポエムは、機関紙の配布完了とともに全校生徒はおろか異世界にまで知れ渡ってしまったのである。 「……やれやれ」 俺はすべての憂鬱な事柄をこの一言で済ますことにした。人間諦めが肝心なのであり、ここで俺がまともに神経回路を繋いでしおうものなら、ひょっとして俺は空を飛べるんじゃないかと考え始めて暴走を開始するのは必死だからである。 「あ、キョン先輩。近くに涼宮先輩はいないですよね? フフ。この格好どうですか? 着物なんて初めて着ちゃいました」 物陰からぴょんと跳ねて朝比奈みゆきが姿を現した。エメラルドグリーンの着物姿をくるりと見せて微笑んでいるのは実に愛らしいのだが、いかんせんスマイルマークの髪留めが格好に似合っていない。 「むう。これはしょうがないんです。あたしすごいくせっ毛で、他の人にいじられるよりはこのまま留めておきたいんです」 そういうものなのかね、と思っていると、 「あなたに渡したいものがある。こっちに来て」 「ほえ?」 長門が朝比奈みゆきを呼びつけて渡したものは、髪飾りだった。 「それ、もしかしてあの金属棒のか?」 聞きながら品物を見てみると、それは透明なガラスで作られたような綺麗な雪の結晶だった。 「って、花じゃないじゃないか。雪には六花って呼び方もあるらしいが、花言葉なんてあるのか?」 すると藤原が、 「アイリス? ちょっと貸してくれ」 と長門から髪飾りを受け取り、それを陽にかざすと、 「アイリスの花言葉は『架け橋』だよ。それはアイリスという名前が、虹を意味しているからなんだ」 雪の結晶が光を受けて、藤原の顔にスペクトルが映し出される。長門はこくりと頷き、朝比奈みゆきを見つめて、 「あなたが平和な日常を送れるようになるためのお守り。出来るだけ身につけておいて欲しい」 そういうことかと思ったね。 朝比奈みゆきは、朝比奈さんが北校を卒業した後で北校に入学し、朝比奈さんの後釜としてSOS団に入ってくる予定らしい。学校でむやみに能力を使ってしまわないようにと考えた長門の配慮なのだろう。 そしてこの花言葉を選んだ理由は、朝比奈みゆきが思念体と人の仲を取り持つような生い立ちをしてきたからなのかもな。それに確かアイリスには、他の花言葉もあったような気がする。 「うわあ、とっても綺麗……。長門おねえちゃんありがとう! じゃあこれは代わりにあげちゃいます。あ、お揃いがいいな」 と言って、自分の髪留めを長門のと同じ形の雪の結晶に成形した。おいおい、誰か他のやつに見られやしなかっただろうな。 「僕も満足した。なぜか長門はこれを僕に触らせようとしなくてね。ほら、返すよ」 藤原が朝比奈みゆきに髪飾りを渡し、そしてみゆきの髪飾りを受け取った瞬間、パキン。という不穏な音が周囲に響く。 「あ」 藤原が髪飾りを掴み割ってしまったのを見て、全員が思わず声を出した。 長門は無駄のない動きでみゆき製髪飾りを藤原から掠め取ると、 「……あなたにはもう触らせてあげない」 「な……」 藤原は怪訝な顔をして、そういうことか、と呟く。 藤原と長門がそんなコントをしているとき、朝比奈さんがぱたぱたと近づいてきて、 「待たせちゃってごめんなさい。あ、長門さんとみゆきちゃんも一緒みたいで良かった。みんなの着替えが終わったからそろそろ写真を撮るみたいです。あそこの木の下に集合って言ってました」 朝比奈さんは、オレンジというよりは山吹色と表したほうが相応しい着物に身を包み、素人目からでも分かるその良質な作りの服は、それだけでいずれかの童話にナントカ姫として出てきそうな程彼女を引き立てていた。 と、この和服姿とは別に、俺は朝比奈さんの姿を見ていて一つ思うところがある。 今回の異世界騒動なのだが、タイミングが良いのか悪いのか、この朝比奈さんは《あの日》の裏で起きていたこの事件を知らないのだ。大人の朝比奈さんが知らなかったので当然なのだが、これはもしかして、小さい朝比奈さんの負担を減らそうという未来の長門の配慮だったのではないだろうか。朝比奈みゆきに髪飾りを譲ったり、あいつは自分のことよりも周りを優先させてしまう節がある。それを考えても、やはり俺たちが一緒に過ごせる時間のなかで、長門のために俺たちが伝えられることはすべて伝えて行きたいと切に思う。 それに未来では朝比奈さんも待っているし、みゆきだって藤原だっている。考えてみれば、俺の子孫とハルヒの子孫がそろえばSOS団が結成出来そうだよな。 出来れば、俺はそうなって欲しいと願いつつ。 「みんな集まったみたいね! じゃあ早速この色紙に未来へのメッセージを書いて頂戴。未来って言っても大人の自分にじゃなくて、遠未来の未来人に向けたものよっ」 「なんだ、タイムカプセルの準備はしてないみたいだが、しないのか?」 「気付いたんだけどね、タイムカプセルは自分たちで掘り起こすべきであるイベントなのよ。それにあたしたちの行動は未来にとって常識レベルの歴史になってるはずだし、あたしたちの生み出したものは石油並みに生活に必須なものとして使われているんじゃないかって思うわけ」 あながち間違いでもないことを揚々と言い切るハルヒは、 「だからタイムカプセルを残したところで、未来人にとってはあたしたちが石炭をお宝として見つけるようなもんでしょ? それより、SOS団からのありがたいメッセージがあったほうが喜ぶはずよ。ってことで、みんなで寄せ書きをしてそれを埋めようってことにしたの」 ふふんと誇らしげに胸を張る。なにが誇らしいのか俺には分からないが、良案なんじゃないか? なんてったって紙は安全だからな。奇怪なメカや珍妙な物体が長い間箱の中に入ってるよりましだ。 俺が将来このメッセージを掘り起こすであろう朝比奈さんたちの身を案じていると、くっくっと特徴的な笑い声が聞こえ、 「涼宮さんは面白いことを考えるね。この場に来てしまうのは正直気が引けたんだが、理由もなく断るような真似をしなくて正解だった。ほんとに楽しいね、ここは」 ハルヒも長門も朝比奈さんも相当に男の目を引っかけるのだが、俺の目はそれに少々慣れていたのかも知れない。 普段と変わらぬ口調と服装のアンバランスさが何らかの効果をもたらしているのか、緋色の着物姿の佐々木は文句なしに美人だった。 「ほら、佐々木さんに見とれてないで、あんたからまず書いちゃって。もし面白くないことを書いたりしようものなら、なにが面白かったのかをみんなの前で説明させるからね」 ぐっとくる台詞を言うじゃないか。なんせ、これが冗談じゃないっていうんだからな。 ここでの面白いとは何のことを言うのだろうと思いつつ、俺はハルヒから渡されたサインペンと色紙を構える。何を書こうか。 「そうだな……」 ここは一つ、未来のSOS団結成に足りない俺とハルヒの枠を埋めてもらって、あっちのほうでSOS団を結成してもらうように頼んでおくか。 俺はスラスラとペンを走らせて、その辺でアホな面を下げていた谷口へと色紙を手渡す。 すると谷口は「ぎょっ」というありえない悲鳴を出し、 「おいおい。ポエムの件に関しちゃあ俺も書くように言ってたからよ、たとえラブレターを読まされても文句は言わん。まさか本当に書いちまうとは思ってなかったが……。しかしだなキョンよ。こんなところでまでノロけられちゃあ流石に滅入るぜ?」 何を言ってるんだなんて言葉はお前には飽きるほど言ってきたと思うんだが。いい加減俺にも分かりやすく物事を話してくれると助かる。 「貸しなさい」とハルヒは色紙をひったくると、俺が書いたメッセージを見るやいなや顔を朱に染めて、 「……ばっ! あんた、なんてこと書いてんのよ!? バカじゃないの、このエロキョン!」 いやあ罵られている理由がまったくの不明であるがゆえに、こちらとしてはなんともリアクションがとれないぜ。 一体いま何が起きているのかを確認しようと、俺も再度自分の言葉を確認してみると、 「げ」 どうやらとんでもない齟齬が発生しているらしいということに気がついた。 「ち、違う! これはそういう意味じゃないんだって!」 「おや、ではどのような意味なのです? そのままの意味ではないのですか?」 小憎らしいスマイルを浮かべて俺をなじる古泉。さっきの仕返しをしてきやがるとは、お前も中々やるようになってきたじゃねえか。いいだろう、覚悟しろよ古泉? 今からお前が未だかつて見たことのないほど頭を下げて降参する男の姿を見せてやる。 そんなこんなを言いながら、全員が集合していることもあって、場内ははやしたてるように一気に騒がしくなった。が……。 俺は、自分の書いた言葉に対するみんなの誤認を強くは否定出来なかった。 一人の少女の憂鬱から始まった物語。 それはいつの間にか俺たちの物語となって、これから先の未来へと続いていく。 しかしまあ、俺はここらで、未来に向けた俺とハルヒのメッセージをもって長く続いたこの物語に一応の節目をつけておこうと思う。 まず、我らが誇るべきSOS団創設者であり絶対不可侵なる団長、涼宮ハルヒの言葉はこれだ。 『未来永劫、SOS団に栄光あれ!』 みんなで撮った集合写真を見せられないのが悔やまれる。みんなこの言葉を胸に、相当良い笑顔をうかべていたんだぜ? そして最後を締めくくるのは、僭越ながら俺の言葉である。 先に言っておくが、俺はSOS団と、みんなと、そして何よりハルヒに出会えて最高に良かった。 そんな俺が書いた言葉は……、 『俺とハルヒの子供をよろしく』 さて。 この言葉が将来どんな意味を持つことになったのかは――禁則事項だ。 涼宮ハルヒの団結 完
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涼宮ハルヒのX-FILES <序章> 高校生活も終わり皆それぞれの道を歩むことになった。 朝比奈さんは未来へ帰り、古泉は未だ「機関」に属して仕事をしているらしい。 長門は「次の任務がある」といい俺たちの前から姿を消した。 で、俺とハルヒはというと・・・アメリカの大学を出てワシントンのFBIに勤めている。 そもそもの発端はというと・・・ 高校卒業間近の時期、いきなりハルヒが話し始めたことから始まった。 「私思うのよね。」 「なんだよ。」 「宇宙人も未来人も超能力者も実は政府が隠しているから見つからないんじゃないかって。」 宇宙人も未来人も超能力者もすぐ目の前にいるし別に政府が隠しているわけではないのだが。 「だから、日本なんて狭い国よりアメリカよアメリカ!」 「アメリカ行ったって当てもあるわけじゃなかろう。」 「だ~か~ら~、FBIに入って探しまくるのよ!もちろんあんたも来なさい。来ないと死刑よ。」 こうしていきなり進路がアメリカ留学になり、その後ハルヒパワーのおかげかすんなり FBIに入り今に至る。 しかし、いくらFBIに入ったからと言って好き勝手に飛びまわれるわけも無く、大抵は デスクワークの日々である。 「FBIならアメリカ中飛び回ってUMAでも探し回れるかと思ったけど、正直ガッカリだわ。 ワシントンの通行人に銃乱射したい気分よ。」 おいおい、ジャック・バウアーじゃねえんだから物騒なこというな。 「暇だから地下の倉庫でも探索してこよっと。」 「おいおい仕事中だぞ。ただでさえ問題児扱いされているのにあんまり下手なことするなよ。」 そう、すでにFBIですらハルヒは問題児扱いされているのである。 そしていつも俺のことをキョンキョン呼ぶものだから、局内の誰もが「キョン捜査官」 と呼ぶのである・・・いつになったら本名で呼んでくれるんだろうね。やれやれ。 30分位してからだろうか、ハルヒが目を輝かせながらこっちに戻ってきた。 「キョン、いい物見つけたわ!」 「いい物って何だ?」 「いいからこれを見てみなさいよ。」 ハルヒから手渡された書類には『X-203156』と表題がある。たしか・・・Xナンバーは未解決 事件分類の書類のはずだ。 「未解決事件がどうかしたのか?」 「いいから中身見てみなさいよ。」 ハルヒに言われるままに書類を読んでいくと・・・どうも普通とは思えない事件の記録の ようだ。 いかにもハルヒが飛びつきそうな内容の事件の記録であった。 「で、これがどうかしたのか?」 「地下の倉庫にこんな事件の記録がたくさんあったのよ。中には宇宙人がやったんじゃないか っていうような事件もあったわ!」 それ以来、ハルヒは暇を見つけては地下の倉庫に行くようになった。 そして3ヵ月後、ついに始まったのである。 その日局に行くと上司であるスキナー副長官から呼び出しを受けた。 「キョン捜査官」 お偉いさんのあなたもその名前で呼ぶのですか・・・ 「はい、なんでしょうか。」 「涼宮捜査官が新しい課を設置したいと言う旨の申請書を提出した。聞いてるか?」 「いえ、何も聞いていませんが・・・」 そういうとスキナー副長官は提出された申請書を俺に手渡した。 まさか、『世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの課』とかいうんじゃないだろうなと思いつつ その書類の内容を見てみると、 課名:X-FILE課 配属人員:涼宮ハルヒ、○○○○(キョンの本名) 捜査内容:未解決事件となっている事件を再検証し解決することを目的とする。 と簡単に言うとこう書かれていた。 「キョン捜査官、君はどう思う?」 「どうといわれましても・・・未解決事件を再捜査して吟味するのは有効であると言えます。」 どうせハルヒのことだからそれ以上のことをやるに決まっているがそこは伏せておくことにする。 「ふむ・・・」 スキナー副長官は窓から外を見ながら数秒考えた後こう言った。 「よろしい。X-FILE課の設置を認める。」 設置を認められたものの空いている部屋が無いということでX-FILE課は地下の倉庫を 流用することになった。 こりゃ完全に出世の道は立たれハルヒと一蓮托生だなと思いつつ地下の倉庫へ向かった。 「待ってたわよ、キョン。」 「ご希望通り課の申請は通ったぜ。まさか新しい課まで作っちまうとはな。」 「まあね、議会にちょっとしたコネを作ったのよ♪」 この3ヶ月の間に一体こいつは何やってたんだろうと思いつつ部屋を見渡した。 初めて地下倉庫に来たが、書類棚の数がかなり多いことに気がついた。 「この棚の中ってまさか全部X-FILEか?」 「そうよ。膨大な数があるからまだ全部読みきれてないけど・・・とにかく、 これから忙しくなるわよ!覚悟しなさい、キョン!」 「なあハルヒ、宇宙人・未来人・超能力者がいるとしてそれが見つかった後 お前は何を捜し求めるんだ?」 ハルヒは少し間をおいてこう言った。 --「真実よ」-- こうしてハルヒによるX-FILE課は誕生したわけである。 この先どうなるか、それは書類棚に格納されているX-FILEとハルヒのみが知るということか・・・ やれやれ。 <序章・終> 涼宮ハルヒのX-FILES おまけ ハルヒ「ついに見つけたわ、これは宇宙人がいる物的証拠よ!」 ???「そこまで....」 キョン「その声は・・・長門か!」 長門「それを明るみに出させるわけにはいかない。よってあななたちを抹殺する。」 ハルヒ「ちょっと有希、なにを・・・」 キョン「どういうわけだ、長門説明し・・・」 長門「ジェノサイドモード発動。標的ロックオン」 キョン「ハルヒ、逃げろ!今の長門には声は届かない!」 ハルヒ「有希どうして・・・」 次回 涼宮ハルヒのX-FILE <再開> ハルヒ「というドリームをみたわ。」 キョン「作者は気まぐれだから多分内容変わるな。」 次へ